03/14/06
発展段階論(マルクス)1
マルクスの予想した発展段階論は、イギリスの大英博物館で研究しながら・・母国ドイツに存在する西洋近代の特殊発展形態を普遍的なものと誤解して考えたものでしょう。
商業国家と左翼の発達の関係は、03/09/06「商人と規制の親和性1 (左翼と極右の発達の土壌) 」で紹介しましたが、たまたまドイツでは、後進資本主義国として健全な産業資本家が育たず、左翼思想が発達していただけだったのです。
ですから、日本やドイツ、イタリアの国家独占資本主義形態は、特殊な歴史(経験)を背負った国特有のものだったのです。
それに、もっと遅れて発達した国では、現在型産業と同時に工業化が進むので、単純な階級社会が発生しないのです。では、先発のイギリスではどうかと言うと、ドイツ、日本のように、階級間の闘争が激しくなりませんでした。
一つには、これまで書いているように、産業革命の経験で、健全な産業資本家が育ち、この結果資本家自身が、言論、思想の自由を求めていたので、両者の要求が車の両輪となって社会が安定していたのです。
これに加えて、大陸の単調な農奴的社会経験を土台に発達した大陸の労働者に比較して、独立自営農民が次第に都市住民になっていったイギリスの労働者は、ある程度複雑系だった面もあるでしょう。
大陸諸国では、農奴型農業で長年やって来た社会でしたので、この無気力な農奴的小作人を労働者に配置換えしただけでしたから、画一的工場労働形態が発達しただけであって、日本のような集約農業で来た社会では、むしろ個性重視の労働の方が喜ばれます。
大陸諸国でも、フランスから東に・・・内陸に移動するにつれて、小作民の農奴的要素が濃くなって行き、その最後尾にロシアが位置していたのです。
こういう図式で見れば、ロシアだけでなく東欧諸国が共産主義化して行った経緯もわかりやすいでしょう。
ソ連の武力支配だけが、東欧諸国を共産政権化していたわけではなく、それだけの下地があったのです。
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