03/14/06

地方の独自性とは?7(自治体の広域化5)

これまで書いて来たように、能率こそ中央集権国家の最も重視するところでしょうが、住民自治尊重の観点からみれば、小さな単位の方が個人が尊重されやすい仕組みです。
10人の団体の場合、特別な会議も開かなくとも、個々人の意見どころか表現できない気持ちまで大事にしてくれるでしょう。
1000人の団体が会議場で立派な議論を経て民主的に意見集約するよりも、実質があるのです。
ところで、地域をいかに小さくして行っても、江戸時代のように純然たる農業地域などはなくなっていて、農村の中に5〜60戸単位のミニ開発住宅街が出来る時代です。
13日の1で書いたように、都市住民と言っても商店街や住宅街に分かれ、住宅街でも戸建てとマンション住民と立場が細かく入り組んでいるのです。
地域的利害だけで、どのような小さな団体に切り分けても際限がない時代です。
どうせ駄目なら、広域の方が合理的だというのかもしれません。
江戸時代に士農工商と4階級を分けたように、近代国家でも工員、ホワイトカラー、商人、資本家、学者など簡単に利害団体が形成される社会を想定すれば、自治体がいくら大きくなっても自分の利害はそれぞれの団体が代弁してくれるので合理的です。
広域団体を造ろうとする社会思想は、一つの地域には各種の人が、混然と住んでいるが、その代わりに画然とした階級があり、その階級ごとの団体が作られ、その団体ごとの利害代表が、議会で議論すればいいのだという図式です。
この考え方では、自治体の規模が小さいと、商店が2〜3戸、小さな工場が一つしかなくて労働者が少なすぎて発言することが出来ないが、町を10倍の規模にすれば、工場が10もあって労働者もある程度の発言が出来るし、商店も10倍になると言う期待がもてると言うことでしょう。
しかし、近代を通り越して現代になると、工員さんか商店員かと言う単純な階級別人格区分では推し量れないほど、社会構造が複雑になってきているのです。
大工さんも職人ではなく、建設会社の従業員ですし、建設関連業従事者(タイルやペンキ、クロス、建材などの工場労働者だけでなく、建設現場でも)も大工さんの方が少数派の時代です。
大病院へ行ってみれば分かりますが、医療従事者といっても、多種多様な職種の人が働いている時代で、医師の方が少ないかも知れません。
また、これを支える関連業種となれば、膨大な種類でしょう。
そのうえ、同じ人間が製造側または商人であったり、消費者であったりする、入り組んだ時代なのです。
我々弁護士も、1見強そうですが、実は単なる消費者でもあるのです。
12/29/02 「憲法の限界 4」その他で書いて来ましたが、こうした社会階層分化の複雑化(と言うよりも1人の人間が多階層に属している社会)が階級制度を前提とする共産主義が停滞し、消滅しつつある原因になっているのです。



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