03/13/06

地方の独自性とは?2

ところが近代工業社会になると、反物製造の工員も、車製造工場の工員も、住宅建材工場の工員も、惣菜工場の工員?も生活様式があまり変わりませんので、職種によって気質を分ける必要がなくなったのです。
何を作っている工員かどうかと言う個別職種の規準よりも、・・もう少し大きい規準、すなわち労働者かホワイトカラーかと言う階級的区別の方が意味を持って来たのです。
これが「身分から階級へ」の意味でしょう。
こういう時代が来ると、各都道府県或いは自治体と言っても、旧来型の農業従事者の多い地域か、比較的少ないかかと言う程度の違いがあるだけで、地域差があまりなくなってきたのです。
特に県単位になってくると、規模が大きいので、どこの県にも過疎地があり、都会があり、山もあれば川もある、海も農漁村もありと言うことで、まったく違いがなくなってきます。
我々弁護士会の連合会である日弁連で議論していると、東京にも奥多摩のような奥山もあり、或いは、伊豆諸島のような島嶼地域があり、京都も兵庫も皆同じ問題を抱えていることに驚かされます。
こうなれば、条例の独自性といっても、時間差だけとなるのは仕方がないでしょう。
グループ・・集団と言うのは、違う人とは一緒にならず、おなじ問題を抱えるグループで単位を作るのが合理的です。
地方自治でいえば、1キロ四方くらいの市町村単位で考えれば、町と農村地域の違いとか、抱える問題の違いが分かるし、別の集団になっている意味もあるでしょう。
それでは、町も農村も漁村もみんな一緒にした都道府県と言う団体は何のためにあるのでしょうか?
これは違いのあるものが離れて、似たもの同士が集団を作ったのではなく、中央集権的管理に便利なように区分けしただけのことだったのではないか?と言うことでしょう。
都道府県や郡市町村制度は、明治に出来た制度ですから、中央集権国家を目指した明治政府は、当然のことながら地方自治のために作ったものではありません。
中央集権国家として、管理しやすい程度の大きさとして区分けしただけの話でしょう。
明治維新以降、現在の都道府県が成立していく経過については、07/18/05「明治以降の裁判所の設置2(3治政治体制)」以下で連載していますので参照してください。
現憲法で、地方自治制度を宣言した以上は、そのときに明治に出来た地方の枠組みである都道府県制度も地方自治の本旨に基づいて見直すべきだったでしょう。
戦後直後ころの市町村単位ですと、概ね傾向の似た集団となり易いのですが、これも広域に合併していくと、一体性が薄れていくのです。
集団は小さければ小さいほど、構成員の個性が重視され、個人個人の意見の反映がしやすくなるのですから、出来るだけ気のあったもので集団を作るのが良いでしょう。
行政単位としては、気のあった者同士の飛び飛びの行政区画・と言うわけには行きませんから、一定の地域でまとめるしかないとすれば、出来るだけ行政単位面積を小さくして、後は連合体として大きくしていくのが好ましいのではないでしょうか?
ただし・・江戸時代には、飛び地の領地がいくらあったことも既に紹介しましたが、わが国では経験豊富ですから、全く考えられないことでもないのです。



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