03/09/06
政商が何故後進国ではのさばるかといえば、結局すべての分野で遅れている関係で、外国から技術その他を輸入して真似をしていれば、能率が良い面もあったからでしょう。
(「下手な考え休むに似たり」と言う格言?が生まれます)
学者まで、自分で10年も黙想しているよりも、1〜2年留学して横文字を縦に直せば、博士として一流の学者になれたのです。
研究者といっても、外国の研究成果を(どうやって作ったのかな?と)研究する人材ばかりでは、困ると言う意見を、04/29/03「情報収集と機関投資家」、10/04/03「教育改革・・・・・明治政府と学制改革(私立教育機関)9」その他で書いて来ました。
明治維新当時は、私費留学などは夢のまた夢でしたから、留学するにも政府の御用に役立つ学者でなければ、選ばれません。
こうした社会では、限られた外貨の割り当ての関係や、国策事業への傾斜融資などが重要になってきます。
こうして後発資本主義国では、(自分で工夫して新製品を作り出すという)健全な生産者・資本家が育ち難く、政府高官にお近づきのある政商が有利になってしまう仕組みなのです。
他方工場労働者は、本当の産業資本家の工場で働く工員であれ、政商の作った工場の労働者であれ、その立場は同じですから、工業の発展につれて、増大する工場労働者の基本的人権思想は順調に成長します。
勿論彼らの要求する人権思想は、労働条件に限定されたもの、またはその周辺の権利要求に限られるでしょう。
後進資本主義国では、資本家は政商が殆どですから、自由な発想を求める思想が育たない社会ですが、他方で労働者の要求度ばかりが、抑圧に反比例してもり上がってくるのですから、車の両輪でなく、左の車輪ばかり大きくなるような関係でバランスが崩れてきます。
そうなると、右側を支えるために丸いタイヤに変わって、とんがった極右勢力がつっかえ棒としてのさばってくるのです。
極右ののさばる社会は、健全な資本家が育たないまま、商業資本家的工業国家になって行った社会の宿命だったと言えるでしょう。
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