03/08/06

重商主義の政権3(産業資本家基本的人権政商

明治維新当時、豪商はいても産業資本家はいませんでしたから、明治以降の産業資本家と言っても独自に発展したものではなく、政府から官営工場の払い下げで事業家になったものが中心でした。
払い下げを受けるのに必要な資金自体、政府の政策で集められた銀行の資金の融資によるものでしたから、事業家あるいは産業資本家と言っても、政府高官に顔が利かねば、借金も出来ない、ひいては何の事業も出来ない時代だったのです。
わが国では、大企業或いは大物経済人の略歴を見れば、政府関係者・・悪く言えば政商に近いものが多いのはその結果です。 
政商が幅を利かす伝統がこうして生れ、現在でも許認可が大好きな業界トップが多いのも、近代国家成立の歴史がそうさせるのです。
戦後漸くにして、松下やソニー或いはトヨタのように自力の工夫で、成功を勝ち取る産業資本家が出てきました。
こうした資本家の場合は、政府のお近づきになる必要性をまるで感じなかったでしょうから、彼らは長い間政府のお先棒担ぎのような財界活動にはまるで縁が有りませんでした。
彼ら物作り職人の立場は、規制や援助よりも自分の工夫が大切ですから、自由放任を望み、基本的人権を要求する立場になり易いのです。
腕のいい職人は、人の意見に耳を貸さない職人気質が、美徳になるのですし、商人は客の意見のヘイヘイ従うのが美徳です。
本来、産業資本家が成長すれば、これに比例して基本的人権の要求が拡大するものであることを、この後のコラムで詳しく書きます。
産業資本家と言っても、政商上がりばかりが幅を利かす社会では、資本家・成功者=政府の覚えの良い者は、政府とべったりですから、批判勢力に本質的に敵意を持っています。
政商(広い意味では許認可業種や天下り官僚が牛耳る企業を含めるべきでしょう)が財界を牛耳る国では、産業の発達と言論の自由・思想信条の自由の発達とは無関係どころか、敵対関係となるのは仕方がないでしょう。
政商から生れた産業資本家は、却って政府べったりが身上ですから、本来の産業資本家と違って、社会にとっては鬼っ子、ガンみたいな存在です。
これが戦前の日本が、産業がかなり高度化していたのに、民主化が進まず、逆に締め付けばかりが厳しくなった所以です。
今でも自民党支持者には、政権からにらまれたくないから支持者になっているという人が、かなりの部分を占めています。
いわゆる与党病という人の気持ちです。



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