03/04/06

商から農への転換10・・・中国の場合

農業が、貧弱な発達しかなかった地域では、イスラムの教義はそのまま厳格に受け入れられ、農業の発展度合いの高まりにあわせて、イスラムの浸透度合いが弱くなるのです。
図式的に言えば、西洋では農業混在地域ではキリストとユダヤ教の混在でしょうし、東洋(中国)では儒教と回教の混在です。
わが国では仏教中心の世界に、さらにその奥まったところに神道が健在であったのですが、江戸時代にはいってここ数百年の間、儒学が、メッキのように上から強制されていただけです。
儒教的実利性が、ようやく浸透し始めた程度の段階で、明治維新を迎えたという所でしょう。
同心円で考えれば、中心の円には神道や各地の妖精の(やおよろず)世界があって、その外側の円には、仏教やキリストや、儒教の中間世界があり、さらにその外周には、イスラムやユダヤの商業主義世界に妥当する宗教があるといえるでしょうか?
このように明治維新当時のわが国の精神状況を見れば、商業的価値観には、トンと縁のない宗教世界に生きていたといえるでしょう。
(今では、どこのお寺でも商売繁盛の御札をくれますが、明治維新当時は、金儲けを正面からいえる雰囲気ではなく、商売繁盛を正面から認めていたのは、稲荷明神くらいですか?)
仏教は森林宗教であって、ネパールからビルマやタイなど東南アジアでも、内陸国に根強く残り、その仲間として日本があることは、11/29/05「神仏習合の基礎2(仏教の心は森にある)」前後のコラムで紹介しました。
農業社会化に連れて教義を変えて来たキリスト教とは、違い、仏教は深遠な哲理のままで来たので、いつまでたっても、浮世離れしていて実利的に発展しなかったように見えます。
何故それが可能であったかと言うと、却って日本に来てから神道に近づき、(上記同心円の中心部に足を踏み入れたのです。)山岳宗教・密教中心になることにより、呪術化して強固に定着したのです。
こうしてみると、農業と親和性があるのは古代からの神道のほうであって、仏教と農業の親和性は低いように思えます。
仏教は、商業でも農業でも、覇道でもない、本当にあらゆるものを超越した「悟り」を開くための宗教なのでしょう。
アフリカ廻りで浸透したイスラムが地中海を渡ってイベリア半島まで浸透できたのは、フランス・ドイツを中心とする西洋諸国に比較したイベリア半島の特殊性・・・・乾燥した気候・・・農業の未発達によるところが大きかったでしょう。
その後、何百年も経てスペインがイスラムを追い出せたのは、農業化がある程度進み、純粋商業国家でなくなってきたので、農業社会に適応性のあるキリスト教徒支持者が増えてきたことによると思われます。



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