03/02/06

商から農への転換5・・・西洋の場合2(回教実利仏教哲理1)

ちなみに、農業社会に適応していったキリスト教、たとえば、東ローマ帝国を地盤とするキリスト教(ギリシャ正教)は、同じくポーランド、ロシアなど農業社会に地盤を広げて行くのです。
そして東ローマ帝国の本拠地であるコンスタンチノープルは、トルコの首都イスタンブールになってしまい、キリスト教でなく、イスラム社会になってしまいますが、このように両宗教の支持基盤を商業主体か農業主体かで分けて考えれば分りよいでしょう。
ギリシャ正教は、ウイングを農業者に広げているうちに、キリスト発祥のころからの本来の顧客である商人の支持を失ったというところでしょう。
02/11/06「ユダヤからキリストへ(農業社会への歩み寄り1と回教の誕生1)」でも書きましたが、このようにして、キリスト教が農業社会向けに変質していったので、発祥の地・・本家の中東では、遊牧民であり、交易の民専用の宗教が再び必要になって、その需要に合わせて、イスラム教が誕生したと解釈できるでしょう。
彼らから見れば、キリストは、農業者と妥協して利息を取るなど、堕落しているからイスラムが生れたと言うことになるのでしょう。
しかし、繰り返しますが、利息禁止のルールは、先にこうした理念があったのではなく、商業社会が先にあって、その価値観からすれば許されないと言うだけの話です。
中東でうまれたイスラム教は、ダウ船の発達に合わせ、交易によって交易ルートにそって東南アジアまで広がっていくのです。
交易の範囲まで同じ宗教であれば、ルールも基本的に同じですから便利です。
商人にとって異民族かどうかよりも取引ルールが共通であることほど、ありがたいものは有りません。
国が違っても、民族が違っても言葉が違っても、同じ宗教なら基本的ルール・・価値観は同じです。
今でもある程度そうですが、宗教とは、近代以前には、国を越えた法・・・生きていくルールそのものの謂いです。
その点、仏教は、哲学的思考としては大したものだと思いますが、これが東南アジアや西域諸国に広がったとしても、商取引のルールとして直ぐ使えるかとなると、「?」でしょう。
イスラムの広がった地域は、地中海のアフリカ側からスペインまでと、インド方面から東アジアのジャワ島付近までですから、まさに海洋貿易を中心として、あるいは、内陸では駱駝の隊商路に沿って広がっているのです。
イスラムが広がった地域は、海洋社会(乾燥したアフリカだけでなく、湿潤なジャワ方面まで含むのです)と乾燥アジアですから、気候風土とは関係がないことが分かるでしょう。



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