03/01/06
アラブ世界や西洋の商業経験とわが国の比較に話しをもどしますと、わが国でも江戸時代には商取引も活発になって、為替取引が発達していたものの、せいぜい金と銀の交換くらいしかなかったのですから、その複雑さの経験がまったく違うのです。
最近でも(ユーロになる前の話です)西洋など旅行すると、少し行けば直ぐに通貨の両替があって、日本人には戸惑うことが多いのですが、戸惑っているようでは、とても両替の損得勘定まで頭が回らないでしょう。(私はそうでした)
この点西洋に限らず日本以外では、(香港〜マカオ〜中国と移動するたびに貨幣が変わるのです)両替が日常的にあって、街角にタバコ屋のような気楽さで両替屋があるのには驚いたものです。
こんな訳で、あちらでは末端の国民にいたるまで、日々両替の経験があるのです。
或いは、江戸時代から大阪堂島で、米の先物取引があったと言っても、種類が単純でした。
今の各種商品取引の複雑さに比べたら、その原型が日本にもあったよと言えるだけの話でしょう。
トヨタなどの製造業が一所懸命いいものを作って儲けたお金を、日本の金融機関や、「ザ・生保」その他の機関投資家が、外国為替取引や外国の債権や証券取引で、いとも簡単に何千億円の損を出したりしているのは、そうした経験の差によるものでしょう。
日本の機関投資家やアメリカに進出した東芝や富士通等が、何かの違反を起こしたと言っては、何千億もの課徴金を払わされたりしているのって、何かへまです。
アメリカに進出以来の稼ぎ全部に匹敵する損害とか言われていましたから、大変なことです。
こつこつと努力して、折角御隣よりも良い農作物をつくった農民が、市場に出すタイミングを誤って、最後に大損するのと似ています 。
これからは、農耕社会で大事にされた篤農家と言うだけでは、やっていけない時代です。
外為などの取り引きに関係する人材に求められる才能は、学校秀才=官僚向きの能力試験に適応できる素質ではないのですから、別の要素で抜擢していく必要があるでしょう。
国際化・・・すなわち国民すべてが市場参加者になっていく時代に必要な能力は、蓄積を良しとする農耕社会で重視された暗記型能力ではなく、ましてや英会話力ではなく、商取引のセンスでしょうから、これからの人材育成・・・教育の目標を変更する必要があります。
現在、教育基本法の改正が目前に迫っているようですが、ここでの論点は、愛国心がどうのと言う抽象論よりも、現在社会あるいは近い将来必要な人材はどのようなものであり、そしてその必要とされる人材をどのようにして育成するかの論議こそ、必要ではないでしょうか?
私の意見は、農業社会で妥当していた道徳を基本とする思考方式から、商取引を卑しまない道徳へ先ず教育の基本を変更すべきでしょう。
03/25/04「平和憲法と国の安全 7(我が国人材の多様性)」その他で書いてきたように、抜擢方法さえ工夫すれば、日本にはいろんな人材がいるはずです。
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