03/30/05

夫婦別姓16(家制度の完成)氏の統一2

ここで重要なことですが、「嫁ぐと・・・」と書きましたが、当時庶民では入り婿制度があって男女どちらが嫁ぐと言う偏った制度ではなかったのです。
子供を一人2人しか生まない社会では、自然に放置すれば男女同じ割合で生れるのですから、入り婿と嫁入りはほぼ同率で発生する原理ですから、男子も婿になる相互乗り入れ社会を前提に、明治まで庶民はやってきたのです。
「嘘だろう、相続は男性しか出来なかったんじゃないの」と思う方が多いでしょうが、02/07/04「江戸時代の相続制度 7(農民)」のコラムで 紹介したように、姉家督とか末子相続とか男女を問わず、労働力主体で相続してきたのが、明治までの庶民の相続法でした。
夫婦同氏とは、女性が婚家の氏になるというよりも、男女を問わず、婚家の氏を名乗る社会であったということです。
庶民にとって「氏は屋号でもあった」とこれまで書いて来ましたが、会社に入ったらその会社の名前で営業するのと同じ発想です。
ですからこの時代には、夫婦同氏にしても婿入りした男子は、婚家の氏を名乗りますので、男女どちらに有利と言う関係ではなかったのです。
明治政府の律令制の復活または、夫婦同氏制度の庶民への強制は、実態経済に合わないとして猛反発を受けて挫折してしまいました。
本来上級武士の道徳で生きてきた政府高官は(驚いて?)、庶民の生活実態に妥協して夫婦同氏にしようということになったらしいのです。
たまたま西洋の夫婦同氏にも合致しているし、武家の男尊女卑思想にも合致しているのですから、これ幸いとばかりに氏の統一に進んだとも言えるでしょう。
武家の別氏制度の押し付けに失敗した政府は、草の根の女性の主張に配慮した外形を取りながら、結果的にこの庶民(中堅農家)の家制度又は慣習の中で、男女不平等に都合のよいものをつまみ食い的(男性優位の相続制度、家父長制、妻の無能力の創設等々)に再編成し、法制化したのが明治民法となるのです。
これは形式的には現行法ですが、ご存知のように戦後親族相続編だけは、全面入れ替えになっていますので、新家族法、相続法とも言われます。



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