03/29/05

夫婦別姓14(上流の家と庶民の家2)妻の無能力と持参金の処分権

しかし、庶民の世界では、西洋の「妻の無能力」の逆バージョンで、日本では男の方が実務をやらず、極端に言えば、お祭りのときにワッショイをしていただけですから、実務能力がありませんので逆転していたのです。
妻は嫁ぐと当然の如く嫁ぎ先の財産管理をし、(婿養子の場合は、当然自分のものです)対外的には婚家の氏を称して切り盛りをしていたのです。
今でもそうですが、結婚すると奥さんが当然の如く財布を握ってしまうものですが、男の方は奥さんが結婚前にどれだけお金を持っていたか全く知らないし、また聞いてはならない社会です
ところで、西洋の「妻の無能力」の関連ですが、西洋では妻の持参金までみんな、夫が自由に管理どころか処分まで出来る社会で、持参金目当てで結婚したらすぐ使ってしまうことすらあった社会だったのです。
これから結婚する相手の資産を当てにして借金する例もあったようですから、なんとなく現在の企業買収(買収先の資産担保に買収資金を手当てする方法・買収時点でストックオプションによって将来の経営陣持ち分を確保するスキームやレバレッジなど )の先祖みたいです。
03/07/05 離婚の自由な社会3〔江戸時代の離婚制度4〕民法125」のコラムで、カトリックの離婚禁止制度について紹介しましたが、こうした夫の自由処分権との関連で、存在意義があったようです。
妻の持参金を使い切って、すぐ離婚出来るのでは、あまりにも不当でしょう。
こうした弱い女性の実態が、ナポレオン法典の妻の無能力制度に繋がったのでしょうが、妻の無能力制度はわが国では何がなんだかわからなかったものの、当時の男尊女卑思想に合致したので、何となく輸入してしまったようです。
日本では、こんな勝手は当然許されず、02/17/05「離婚の自由な社会1〔江戸時代の離婚制度〕民法122」の離婚原因のコラムで紹介しましたが、庶民の場合、持参金の重要財産である着物の処分には持参した嫁の承諾が必要であり、これに反すれば妻からの離婚理由になっていたのです。
上流階級では、実家の承諾がなければ、妻の持参金は夫が勝手に処分できないルールでした。
ちなみに、天障院篤姫の化粧領(持参金)は10万石と言われていましたが、将軍家がこれに一切手を付けられなかったのは当然です。
天障院篤姫が生存中は、ずっと10万石相当分の上がりを送り続けたのですから、薩摩島津家の財政負担は大変なもので、その他政治活動にお金を使い続けた斉彬が暗殺されたのもむべなるかなと言うところです。



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