03/28/05

夫婦別姓12(庶民の氏2)氏の変更制度の創設(家事審判法)

大名や武家は引っ越しても主君が変わっても、氏が変わらないものでしたが、庶民にも氏があったと言っても、引っ越せば氏が変わったり、他村へ行けば出身の村の名前、村内ではもっとマイナーな屋号を名乗るなど確固としたものではなかったのです。(いい加減でした)
そう言えば、氏の変更の制度が家事審判法にあるのですが、こうした制度はわが国だけでしょうか?
明治になって氏の変更を簡単には認めない代わりに、特別なときだけ変更を許す制度が必要になったのでしょう。
創氏か潜在的氏の表面化かの議論は別として、このとき「これからは、庶民も簡単には変えられないよ」という厳格な氏制度を創設するとなったときに、何故別氏でなく同氏になったのでしょうか?
ところで、政権維持には多数派階層の支持が必要なのは、いつの世でも同じことです。
当時好むと好まざるとにかかわらず、武士階層が解体された後に社会経済基盤の大多数を占めていたのは自作農や中小地主でしたので、彼らの近代的再編成が明治政府にとっての緊喫の課題だったのです。
これまで私も上級貴族や上級武士の夫婦別氏だけを、日本の歴史であるかのように書いて来ましたが、国民の大多数は庶民であると言う当たり前の事実の再確認です。
庶民を対象に、或いは支持基盤にした政権或いは、庶民中心社会である現在の氏制度がどうあるべきかの議論にとっては、庶民の氏がどうであったかこそが重要なのです。
明治政府は、最初その実態がわからずに、上級武士の習慣である夫婦別氏制度の強制をしようとして失敗したことは、3月26日の1のコラムで紹介しましたが、この辺のところをもう少し詳しく見ておきましょう。
当時まで庶民と言っても、無宿ものではなく町人や自作農以上の人(大店の主人も)を当時は庶民と言いました。
為政者である上級公家や武家が上から見た概念であって、今のように庶民そのものである私のような低いところから見た概念ではありません。



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