03/27/05
夫婦別姓10(開国と氏の機能変化1)当事者適格としての氏1
話が先に行き過ぎましたが、別氏論の合理性の検討のために、明治維新当時の議論に戻しましょう。鎖国から開国に舵を切るということは、実質的内容から見れば、とりもなおさず個々人が西洋の商人と個別に取引当事者として交わる時代の到来(一度に完全開放と言うのではなくとも、開始を意味したのです。)を意味するのです。
鎖国の意味は、オランダ通詞が訳したものが定着しただけですし、文字通りの鎖国ではなく貿易体制としてみれば、今でいうところの管理貿易でしかなかったことは、これまで繰り返し書いて来ましたのでサーチしてみてください。
管理貿易ということは、当時は国家間貿易またはそれなりの許可業者だけの商取引であったこと(今流行の言葉で言えば、長崎特区制度との併用です)を意味していますが、解放経済に切り替わる前後の中国を想起していただければ、ある程度イメージ出来るでしょう。
鎖国から開国へと言うことは、基本的には、自由貿易(と言っても関税その他の基準でいえば今のような自由貿易ではありません・・・言葉の意味が時代によって大きく変わる事はこれまでもあちこちで書いて来ました。)の方向へ舵を切ったと言うことですし、個々人の参入が許される方向になったのです。
個々人や団体が国家と言う障壁なしに表面に出る時代には、個々人や団体の独立性や相応の能力が必要になってきます。
西洋で発達した取引社会に国家や各藩以外の団体や個々人がいきなり参入しようとすれば、先ず主体となる団体や個人の表示、個人の所有概念からして整備しなければなりません。
ところで上級武家などでは夫婦別氏でしたが、それまでは財産所有者・管理者としての個人表記ではなく、出自を現す程度の意味しかない妻の氏表示は、新社会に適合出来なかったのではないでしょうか?
対外的当事者適格を現すには、個人がひ弱な時代でしたから、取引単位としてさしあたり家という集団で表示しようということになったのかも知れません。
ただし、無視できないのは、庶民には氏がなかったのに明治になって庶民に至るまで、創氏したと言われる点です。
この点について次回から真偽を含めて少し考えてみましょう。
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