03/24/05

氏と姓3(夫婦別姓5)「八色の姓」

人類はどこでも、その原始形態では女系でしょうから、先ず集団系統をあらわすものとしての呼称が、「姓」として発達したのは当然でしょう。
これが近親婚のリスク回避のために流用されただけのことではないでしょうか?
古代では血液型で区別できませんから、簡単に女系を現す方法としての「姓」が便利だっただけでしょう。
日本でも当初は氏族社会が女系で構成されていたでしょうが、集落が氏族単位の小さなものであれば地名表示で足りたのでしょう。
日本はご存知のようにホンの半日も歩けば山にさえぎられて、また別の集落がある社会ですから、別の集団と別の集団が村境で歌垣などやって、求婚する社会でした。(盆踊りはその名残です)
歌垣については、05/23/03「略奪婚とその名残り」のコラムで少し書きました。
それにわが国は基本的には海洋民族ですから、人の交流は開放的でかつ広域ですから、リスクは偶発的ですから、その回避だけのために姓の制度的必要性がなかったのです。
同じ、アジアでも海岸線や島嶼地域では、同姓娶らずの禁忌の発達もなければ、そういう思想が伝わっても受け入れもしなかった原因でしょう。
わが国では、海岸沿いに都市国家のように海港が点々と発達し、これの連合が邪馬台国でないかと言う説があって、私は面白いと思っています。
ちなみに、王とはその場所を仕切る今のヤクザみたいな顔役が元祖と言うのです。
氏と言うのはこれに対し、一定の場所の集団をあらわしますので、無限とも言えるほどの多種多様な氏が存在する所以です。
こういう社会では、自分の集落外の人と婚姻さえすれば、普通は大丈夫と言うわけで、古代に律令と共に中国から姓=同姓娶らずの考え方が入ってきても、意味不明と言うか「何これ?」という世界だったでしょう。
日本に伝わったのは、早くとも魏晋南北朝からで、まとまった輸入は隋唐の時代ですから、中国でも姓と氏の両方が混在している時代になっていました。
その両方の漢字を見たときに、わが国の集団名にあたるものは「氏」であるとすぐ分ったのでしょうが、姓については理解に苦しんだでしょう。
氏とは似ているけれども、「結婚してはいけない」と言うのは困るし、元々わが国ではそういう習慣がないので、誰と誰が昔は同姓であったかなどのデータがないのです。
今更、縄文時代、いやもっと前の時代にの何千年昔に遡って血縁関係を探ると言うのは不可能だったでしょう。
と言うところで、「何か格好つけて採用しければなあ」と言うことになって、身分差に関係が有るようだと言うことで、格式をあらわす「八色の姓」になったのでしょうか?
この無理な制度は、そのままお蔵入りになってしまい、わが国では学校の歴史で習うだけになりました
要するに「氏」は日本語として定着し、「姓」は輸入語のまま土着出来なかったのですが、輸入時からの混乱のまま現代にいたっているのです。
こうして氏と姓の違いが良く分らないまま、意味不明のまま現代にいたっているので、現代でも「夫婦別氏」のことを「夫婦別姓」と混乱した表現をして誰も驚かないのです。



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