03/23/05
夫婦別姓3(姓と氏の歴史)
わが国は、明治になるまで姓・氏はいい加減で、親子でさえ、住む場所、官職などいろいろな要素を元に別姓(というよりも別氏)で表示されていました。
藤原氏が次々と分家するたびに新しい氏を称していた(たとえば冷泉家など)のは、誰もが知っていると思いますが、平の清盛の嫡男が小松の重盛と言い、北條でも赤橋氏とか名越氏など独立家屋を持つと、その都度主として屋敷を構えた場所名に変わるのが原則でした。
他方血縁のない家の子郎党の方が、普通にその主人の氏を名乗っていました。
今で言えば、私の事務員が電話などで稲垣を名乗るようなものです。
どこの会社でも電話してくるときは、「ヤフウですが・・・」「三菱銀行ですが・・・」とか名乗るようなものです。
西洋では洗礼名を含めて氏名が原則として3節からなっていますし、中国でも忌み名を含めて、例えば、劉・備・玄徳など3節ですが、日本では氏と名だけです。
でも、実際の機能で見ると、三菱銀行の・・佐藤・・何某と3つからなり立っているのです。
ここで氏と姓の違いも分けて書いておく必要があるかもしれません。
姓は文字の構造から明らかなように、女系の血統をあらわし、ひいては部族をあらわすものでしたが、時代が進み、部族があちこちに分化してくると、氏はその別れとして地域・職業・身分を表すものとして後に発達したようです。
日本の氏には、地名や職業を表すものが多いのはそのせいです。
今でも私は親族間では、「千葉の何々です」と電話しています。
日本では、元々「氏」があって「姓」はなかったとも言われているようです。
古代の「八色の姓」の制度を見れば分るように、血統と言うよりも格式をあらわすようになっていたのです。
02/10/05「風俗産業の盛衰2(最古の職業か?)」以下で書いたように、わが国は古来から性に対する束縛の緩いおおらかな社会であったことと関係があるのかもしれません。
関連ページリンク
稲垣法律事務所コラム内:歴史に関するコラム
稲垣法律事務所コラム内:結婚、婚姻に関するコラム
©2002,
2003, 2004, 2005, 2006 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design
/ Maintained by Pear Computing LLC