03/22/05
家庭は国家の基礎1(国家とは?2)修身斉家治国平天下
もっとも政府やNHKでは、
「家庭というのは国家の基礎である。」
「この大切な基礎組織を、理念も何もなしに、なし崩しに崩していくのを、放置するわけには行かない」
と言う危機感があるのかもしれません。
修身斉家治国平天下と言う明治政府の好きな考えを下敷きにしたものです。
私の意見のように
「無定見に自然の赴くままに流されていくのを、放置すると大変なことになる。」
だからこそ、ここで
「お金をかけてフォーラムを仕掛けているのだ」
と言うのでしょう。
私も家庭のあり方が、社会に与える影響が大きいことを否定するものではありません。
しかし、明治政府は、国民の思想統制のための構造として、「家」を核として構想し、クニを「国家」と表現し、全ての組織を家類似又はその修正的組織として形作ったのです。
ヤクザまで親分と言い、棟梁を親方と表現するのもこの流れでしょう。
今では誰でも、国・STATEを国家(国プラス家)と表現するのを普通のことだと思っているでしょうが、実際は明治政府が作り上げた造語っぽいのです。
もっといえば国と言う漢字自体も、明治政府が数ある中から都合よく採用した可能性があるのです。
国の本来の漢字は國であると言われていますが、この国という略字は言うまでもなく国境をあらわす四角の中に玉を入れているのですが、漢字の出来た昔にこうした概念があるべくもないのですから、絶対王政成立後の考えを昔からあるかの如く国民に刷りこんでいるのでしょう。
もっと言えば、わが国は四面海に囲まれていて、国境概念が古くから育たなかったことと相俟って、(西洋や中国のように都市を囲む城壁すらないのです。)国は日本列島内の分国をあらわしていただけでした。
この国も(相模の国とか武蔵の国など)観念的な地域割り、地名表示でしかなく、国境警備など全く必要がなかったのですから、この意味でも中国や西洋とは意味が違うのです。
列島を表すクニは、國ではなく、別の漢字・邦などがずっと使われていたのです。
今でも海外で何か事件があると、「邦人」などと形式国家概念に関係ないときに使われるのがその名残です。
国家概念については、05/13/04「国民の祝日に関する法律1・・・「国家とは?」のコラムで少し書きました。
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