03/10/05

チャタレイ事件と売春防止法制定5・・性意識の変化

「チャタレイ夫人の恋人」は、なんと!作男?森番だったか子供のころに読んだきりでよく覚えていませんが、(何故、お屋敷に樵みたいなのがいるのか不思議に思ったことがありますので、翻訳が悪かったのでしょう)ともかくお屋敷の貴婦人・日本で言えば、奥方と末端の下人?クラスの性愛ものであったことは間違いがないでしょう。
これが単にセックスの描写がどうのと言う以上に、歴史的な男女関係の秩序破壊的要素のあったことが、刑事制裁で、禁圧した本当の問題だったのかもしれません。
昔から同じ性犯罪でも、身分の低い階級から上流婦女子に対するものは、刑が重罰化される傾向があります。
近い例ではアメリカで、黒人による白人女性への性犯罪は厳しく処罰された(今でも実際の量刑はそうかもしれません)歴史を想起すれば良いでしょう。
同じく「悪徳の栄え」事件(最判44年)も、秩序破壊があったから、刑事処罰・社会問題になっただけかも知れません。
単なる文学作品をエロ・グロを理由に処罰するだけの必要性はなかったでしょうし、エログロ自体世の中にいくらもあったのですから、大騒ぎする必要がなかったのです。
ちなみに「チャタレイ夫人の恋人」の翻訳輸入販売が、刑法175条の猥褻物頒布にあたるかどうかが争われたチャタレイ事件の最高裁(大法廷)判決は、昭和32年3月13日でした。
当時の学者や新聞等の訳知りのコメントは、(あるいは、判決理由自体にあったかな?)わが国も社会の変化によって、この程度は、猥褻と言わない日が来るであろうと言うものだったと思います。
その後、ご承知のように日活ポルノに始り、社会の猥褻化の進行はとどまるところを知らずと言うところです。
売春防止法の施行が、32年4月でチャタレイ夫人の恋人に対する判決と同じ時期というのも偶然と言えば偶然ですが、時代状況の必然だったともいえるでしょう。
世の中は、性欲求のミスマッチに対する方法として、それまでの1箇所に集めた風俗施設や特定人への集中制度をやめる以上は、男女ともに貞淑化を完結してきれい事で完結すれば一貫します。しかし、主婦連や女性団体の言うように世の中、そうはきれいごとではすまないものです。
ミスマッチは現実に起こるのですから、売春防止法で売春業を禁止すれば、江戸時代みたいに性風俗の自由化に進む(戻る)しかないのです。
政府は表向きそういう主張が出来ませんから、産業としてポルノ映画・雑誌などを大目に見て、男女ともにポルノで楽しみ、女性が簡単に浮気するなどの拡散方向へ誘導していったのかも知れません。
「チャタレイ夫人の恋人」のあらすじは、性的不能者の夫を持った夫人の性解放を訴えるもので、まさに、窮屈な性道徳に対する挑戦そのものがテーマでしたから、「これからはこうなるぞ」と政府の方針変更の先取りですから、政府は苦い顔をしたくなるはずです。
政府と言うのは自分の方針と一致していれば、喜ぶのではなく、スクープされると却ってムキになって隠したくなる傾向があります。
政府の推進して来た性道徳に対する正面からの挑戦であったことが、取締りを受けた原因と理解している方が多いと思いますが、逆に、先取りが気に入らなかったのではないでしょうか?
その上に、性描写がわいせつ性を帯びていると言うのですから、売春防止法制定による2方向(性の自由化とポルノ化)がずばり主張されていたことになります。
政府の意向を早読みしすぎて、逆鱗に触れて処罰されたものと言えるかも知れません。



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