03/10/05
社内恋愛禁止の歴史とセクハラ
高度成長期以降、どういう訳か(実はサラリーマン化が進んだせいでしょう)庶民にいたるまで武家の家庭道徳観が浸透してしまい、(離婚が減ったのはいいですが・・・)運転手の妻まで「夫を主人」と言い、運転手も妻をカカアと言わずに奥さんというようになりました。
こうなると、わが国原初以来連綿と続いてきた庶民のたくましい性の融通意識(和姦)が消滅してしまったばかりでなく、2号さんや妾になるのは不浄なことのようになってしまったのです。
明治以降の女性にだけに対する性道徳の厳格化が、風俗産業の繁盛に繋がったのですが、性道徳の完成が進んだ結果、風俗で遊ぶこともいけなくなったのですから、男女ともに窮屈な社会となりました。
こうしてみると中国輸入の「性の価値観」〔律令ではまったく無視されていたのですが)が朱子学とともに江戸の武家に輸入され、(俸禄の支給に困っていた徳川政権並びに各藩主としては、家の断絶の可能性のあるこの制度・思想は便利でした。)これがやっと1970年代に庶民レベルにまで定着したと言えるかも知れません。
また、明治以来政府が武士でない庶民にまで、武士意識を強要して来た成果が、(戸籍制度の定着とともに)戦後初めて完成したともいえるのです。
運転手も今では運転「士」と言うことは、10/18/03「教育改革21・・・・・個人の豊かな社会(税制の直接民主主義2)」のコラムでも紹介しました。
11/25/04「官名の濫用(運転「手」から運転「官」へ)官とは?1」以下でも書きました。
江戸時代以降性道徳が窮屈であったと言っても、武家(中国の価値観)でも、使用人に手をつけるのは「幸」せらると言って良かったのですから、現在の職場でのセクハラの歴史は、意外に根深いものと分るでしょう。
但し、武家の主人でも行儀見習にきている良家の娘に手をつけるのは許されませんでしたし、(これが今でも学校教師が生徒に手をつけるのが厳しく非難される歴史経過です。)ましていわんや、主人ではない中間管理職が手をつけるなどは論外でした。
天武朝ころの采女(ウネメ)に、役人が手を出すなどはまったく許されなかったことを、想起してもいいでしょう。
単に社内の風紀が乱れるから社内恋愛禁止のルールがあるのではなく、こうした歴史があるのです。
今の中間管理職が、武家の主人気取りで端女(はしため)ではない、ちゃんとした良家の娘又はよその奥さんに手を出すなどは、とんでもない歴史の思い違いというべきでしょう。
このように唯一許された主人と下女の関係の逆を行ったのが、「チャタレイ夫人の恋人」ではないでしょうか?
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