03/29/04
沽券から地券へ1(大化の改新と明治維新の類似性)
沽券の法的変遷を見ますと、我が国では明治維新政府は、まず、地租改正にあたっては地券を発行しています。
それまで流通していた沽券に代えて、政府の発行する地券制度を採用したことになります。
律令国家時代の「公験(くげん)」の復活のつもりでしょう。
日本の歴史を見ると、中国のまねをして借り物の法令(律令)でやっていた奈良時代から、平安時代に入って文字も和風になり、独自文化が発達するにつれて、前回のコラムで紹介したように経済取り引きも律令/国家統制を離れて、私文書による自由取り引きが発達して来たのです。
言わば明治までの800年間は、我が国独自の自由経済、自由(気侭な?・・・浮世絵などは、気侭そのものではないでしょうか?)文化の時代だったと言えるでしょう。
明治になって、またもや、闘争的な牧畜文明に対抗するために国家権力強化の時代になって現在に至っているとも言えます。
明治維新から、およそ130年も経って、独自文化を主張したくなる時期が来たのかも知れませんね。
ちなみに中の大兄の皇子による律令国家建設のモチベーションも、白村江の戦いで唐新羅軍連合に倭人連合が完敗して以降、外敵に備えるための国家建設(この時初めて大同団結して日本と言う国の建設になったと言う説です)に伴って敵国の唐の制度を急いで導入したものです。
アヘン戦争で中国が負けたのを見て驚いて、体制を一新した明治維新政府が、西洋法制の導入をしたのと似ていますね。
ところで、森や水田から生まれる文化と畑作、牧畜文明との違いについては、05/26/03「男尊女卑の思想4(水田の発達とヤオトン)」以下の連続コラムで紹介しましたが、前々回のコラムで紹介した安田氏の論文も私の意見と同旨で、その学問的論証と言うところですので、興味のある方は同氏の諸論文をお読み下さい。
私のコラムは全て直感・思いつきですし、フィールドワークをしていませんので・・・・。
我が国の人々の考え方は、中国や西洋の闘争的な文化とは違い、国家統制的な発想とは違う、もっと緩やかなものだと考えています。
八百よろず、生とし生けるものに神性が宿る多元的な発想と、一神教の唯一神とそれ以外は邪とするユダヤ、回教、キリスト教などの牧畜系とは基本が違うのです。
ブッシュ政権の言うところの、「悪の枢軸か否か」と言う二元的分け方は、日本や森の民族のものではありません。
こうした牧畜文明の精神構造からは、絶対主義国家の発達は必然だったでしょう。
明治維新が何のために起きたかと言えば、日本独特の八百よろずの価値観もとづく緩やかな多元社会から、列強に対抗するために牧畜文明の価値観に基づく絶対主義の統一国家に作り替える為の御一新だったとも言えるでしょう。
それにしても、方向転換すれば、新方針に適した人材が日本には幾らもいるのが不思議な国です。
ちなみに明治以降の教育では、歴史的大事件として大きく取り上げられている「大化の改新」と言うのは本当にあったのかどうかが怪しいらしいですよ!
こうしてみると明治以降現在に至るまでの政権は、天智天皇時代から平安時代に至るまでと同様に、(その為には天智天皇の事蹟を大袈裟に言う必要があったのでしょう)借り物の思想で(和魂洋才)肩ひじ張ってやってきた時代と言えるかも知れませんね。
それまで自然発生的に生じていた沽券による土地所有権の証明機能を、国家が奪い取って律令時代のように公の発行する「地券」にしか効力を認めないことにしたのも、その一つの現れではないでしょうか?
地券発行の説明から大袈裟な話題になってしまいました。
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