03/28/04
男の沽券(沽券)・面子(めんつ)とは?1(売買証文)
平成16年3月21日の「平和憲法と国の安全4のコラムあるいは前回のコラムで出てきた「男の沽券」とは何でしょうか?
平和憲法とは話がずれますが、武術とスポーツのコラムとも少し関係があるので、個の辺で書いておきましょう。
沽券の正確な意味について御存じの方がいるでしょうか?
牧野英正氏外の編にかかる法制史の本によれば、律令制下では、不動産売買の成立には、所轄官庁による売買許可証明書(公験・くげん)が必要でしたが、平安末期頃から、売り主が署名するだけの「売・沽券・放券」などの私的証文だけの取引きが発達したと書かれています。
「沽」とはもともと売ると言う意味ですから、前記の3証文はいずれも自分のところから手放すと言う同じ意味を表す証文です。
以来、沽券は、明治政府による民法導入までの約800年に亘って不動産取り引きに使われていたのですから、我が国土地取り引き誕生以来の殆どすべての時代と言っても良いくらいの長さです。
民法が出来たからと言って、法が直ぐに国民に浸透するわけでもありませんし、民法制定後まだおよそ100年しか立っていないのですから沽券と言う言葉がみなさんの記憶から簡単には消えないのも道理です。
沽券の意味と機能に戻しますと、長い間沽券などの証書と手継ぎ証文によって所有権移転が繰り替えされて来たのです。
従って、沽券のない人から土地を買えませんので、取り引きにあたって沽券が有るかないかにこだわるのは合理的ですね。
ところが現在では、「沽券にこだわる」のではなくて、「沽券にかかわる」と言うのです。
こだわるのは、めんつです。
沽券にかかわると言う表現は、中国の故事に従えば、「鼎の軽重を問われる」と言うのと似た用法です。
どうして、売買証文に過ぎない沽券が、長い間に格式や体面を表す言葉に転化したのでしょうか?
これも私の想像でしかありませんが、ちょうど沽券など私製証文の発達しはじめたのと同じころに武士もぼっ興してきました。
武士のぼっ興と沽券の発達とは関係があるのではないでしょうか?
御存じの「一所懸命」とは、武士が1所の土地に命を懸けても守ると言う意味から起こった熟語です。
武士と土地所有とは、密接な関係があるように思います。
武士は、無目的な戦闘集団ではなく、土地を守るために発達した戦闘集団だったのではないでしょうか?
専守防衛の役割が攻撃にも使われるようになっただけで、海賊の戦力とは本質的に違うのではないでしょうか?
武士の役割が江戸300年で本来消滅していたのですが、格式だけ残っていたところに明治維新で、軍国国家になって武士に代わる軍人が復活したのでしょう。
そこで、明治の軍人は武士でない分だけかえって武士道の精神を大切にしました。
それで、維新以来名目上も武士がいなくなったにもかかわらず、現在でも、武士の魂である「一所懸命」という熟語は頻繁に使われますし、武士の大好きな土地信仰は今でも健在です。
土地神話はその残滓とい言えるでしょうが、武士がいなくなってから130年、武士道精神の教育がなくなってから戦後60年弱ですから、平安末期からの長い歴史から見ればほんのわずかに過ぎません。
土地神話がなかなかなくならないのは、当然です。
次のコラムで、沽券が何故体面を表すようになったかを見て行きましょう。
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