03/27/04
平和憲法と国の安全9・・・憲法55(パックスアメリカーナ時代の戦力とは?3)
私などは、青春時代に、フランス文学から西洋知識を仕入れたものですから、フランンスの宮廷から受ける印象は、バルザック、スタンダール、あるいはデュマの椿姫のような恋愛事件ばかりですが、当然のことながら、当時も貴族間では、それなりの政治闘争があったことは否定できません。
しかしそれは、個人的な次元での地位の浮沈を賭けた権謀術数でしかなかったのではないでしょうか?
我が国でも政治の安定していた平安時代には、藤原氏とそれ以外、藤原氏の中での道長と伊周の争いのような政治闘争はありましたが、大大名間の領土家臣団の浮沈を賭けた駆け引きとは違って、個人的な次元の出世争いでしかありません。
個人次元の政治でしかないからこそ、宮廷での個人的な恋愛事件が主たる関心事になっていくのではないでしょうか?
西洋の宮廷文学と同じく平安朝では期せずして、源氏物語と言う大ロマン小説(古今集でも恋愛の歌が殆どです)が書かれているのは、偶然とは言えないでしょう。
政治の関心が個人にしかなかったからです。
鎌倉末期あるいは、豊臣末期の大大名間の駆け引きと、中央省庁での官僚間の出世競争の為の足の引っぱりあいとは次元が違うのです。
対等者間の生存競争(商売人同士の競争も同じでしょう)と一つの権力内の雇われ人同士の出世競争・従業員の同僚間や、役人同士の出世競争とは本質が違うと言えるでしょう。
西洋の近代国家の宮廷レベルは、日本の平安朝の駆け引き程度の時代にあてはまるものでしかないしょう。
かなり乱暴な議論ですが、もともと独断と偏見のコラムで、学問の論文ではありませんので御容赦下さい。
以上のように、日本は西洋よりもずっと前から、何回も国際交渉のミニュチュア版を経験してきているのですから、まあ、武力がなくとも十分やって行けるのです。
では、戦前何故うまくやれなかったのかと言うことですが、それは?戸300年間ひっそくしていた武断派が息を吹き返して、明治維新でしたたかな人材を蹴落として、単細胞武断派が実権を握ってしまったことに原因があるのです。
国粋主義者は、自分の能力を基準に考えると、武力がないとやっていけないと思うでしょうが、世界交渉時代がきても、日本の国民は、経験豊富ですから主役を入替えてさえ行けばしたたかに交渉して生き抜いていく能力が十分に備わっているのです。
単細胞ではないでしょうが、かれら国粋主義者の想像を超えたもっとしたたかな、しかもいろんな種類の人が日本には一杯いるのですから心配ないはずです。
現在では、国の安全を守るのに必要なのは、軍事力よりも交渉力です。
国際交渉時代には、弁護士増加政策は、、国際競争の為の有力な武器の生産と同じ意味があるのです。
ちょうど尖閣諸島に中国人の不法侵入事件が3月24日に起きました。クリントン政権時代にも一回起きましたが、同政権はハッキリと日本支持を打ち出せませんでしたが、ブッシュ政権は、素早く、日米安保条約での対象範囲に同諸島がはいっていると明言しました。
アメリカは日本のために防衛義務を負うと言うのですから心強いですね。
アメリカが当てにならないからと言って、自力で中国に対抗するのだと息巻くよりは、
ずっとスマートで安上がりな解決ではないでしょうか?
私の主張する「これからは外交の時代である」と言う意味がお分かりいただけたでしょうか?
ただし、外国のお情けに縋るのは悲しいと言う立場は簡単にはなくならないでしょうね。
沽券にかかわるでしょうから、次のコラムから、沽券の意味を考えてみましょう
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