03/26/04
平和憲法と国の安全8・・・憲法54(パックスアメリカーナ時代の戦力とは?2)
韓国人による「縮み志向の日本人」と言う本が出版され、話題になったことがありました。
前回のコラムで見たように、日本国内だけで世界の縮図みたいなところがありますから、世界を縮小した小宇宙が日本であるとすれば、縮み志向は宿命かも知れません。
江戸時代には、今の国連のミニュチュア版のような政治交渉を江戸でやってきましたので、国際交渉には、300年の歴史があるのです。
ついでに言えば、鎌倉時代や室町時代にも似たようなものでした。
太平記に出てくる足利や、佐々木道誉などの大大名と、北條一族との駆け引きは、現在のプロ政治家の駆け引きと変わりません。
そこへ行くと、気の毒ですが、新田義貞は政治家としては未だしの感がありますね。
経済分野で見ても、05/11/03「銀行とは?(約束手形の発達1)8」以下の連載コラムで紹介しましたように、江戸時代には現在の世界経済に必須の為替手形取り引きまで、国内で出来上がってていました。
政治交渉過程で、マスコミはすぐに馬鹿の一つ覚えのように、「中国は何千年の歴史があるから・・・・・。」という意見を流しますが、これは私に言わせれば全くの間違いです。
中国は、何千年の歴史の中でその殆どは、対等な外国の存在を認めない華夷思想でやってきたのです。
相手と対等ではなく、朝貢しか認めないんですから外国と対等な話し合いの経験がないのです。
外交経験としては、アヘン戦争や日清戦争の敗戦処理での屈辱が意向から始まって中華人民共和国の成立まで、(その後も長くスターリンのソ連の風下になって屈辱状態は続いていました。)屈辱外交の連続でした。
対等者間のしかも複雑に入り乱れたパズルを解くような外交経験としては、皆無に等しい世界1幼稚な国と言えるでしょう。
アメリカも同様で、建国以来、図体の大きな国でしたから、(何と言っても当時の世界帝国である英国に打ち勝って独立したのですから最初から強国でした。)日本のように、複雑な政治取り引きには慣れていません。
物事は複雑になると対応しきれませんので、モンロウ主義のような引き籠り宣言になるのです。
経験のない国に分かりやすいのは、敵か味方かの2元論程度まででしょう。
安田喜憲氏は、森の文化に対して家畜文明の民は善悪2元論であって、森の文明・稲作文明は、すべてを包摂する和の文明であると言うようです。
もっともな感じがしますが、(日本の学者の意見は結局は、何故日本は優れているのかの論争が好きなようです・・・・・私の自戒も含めて)、アメリカや中国は国際的な複雑な政治交渉の歴史がないから幼稚なだけではないでしょうか?
日本人でも幼稚な段階では、善悪2元論は分りやすいですよ。
ノーベル賞級の政治学者を何人も顧問にしたところで、経済学者が自分で経営できないのと同じで実際政治の実力にはなりません。
ヨーロッパでは、アメリカや中国よりはましですが、せいぜい近代国家になってからの経験でしかありません。
それまでは、田舎の国がそれぞれ隣り合って存在していただけで、1ケ所に集まって政治駆け引きをすることはあまりなかったようです。
この点はアジアでも同じで、日本、中国、朝鮮その他のアジア諸国は、別々に成り立っていて、日清戦争直前まで外交交渉と言えるものはほとんどなくて間に合っていたのです。
西洋でも宮廷を舞台に外交交渉が盛んであったと思う人が多いかも知れません。
でも、それは日本の平安朝での貴族の抗争に似た程度であって、どちらかと言えば、個人的な争いに過ぎなかったと思います。
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