03/21/04
平和憲法と国の安全 4・・憲法50(非武装中立論と国粋主義者)
旧社会党の非武装中立論は、アメリカに出て行ってもらって無防備でやっていこうと言うものですから、その招く結果は意外と右翼・国粋主義者の主張と似ています。
非武装中立論は「警察があるから家の戸締りをしなくてもいい」と言うのと似ていて非現実的といわれます。
世界は多種多様な利害で錯綜しているのですから、単純に何もかも中立などは、現実に有り得ません。
AB間、AC間、AD間、BC間、BD間、CD間・・・・・・と、無限の組み合わせがあるばかりか、同じ国との間でも、ある分野では利害が一致したり対立したり、重層的に利害が錯綜する複雑な社会です。
独ソ不可侵条約に驚いて「欧州情勢は複雑怪奇」という迷セリフで退陣した平沼内閣並の単純な発想で政治をやっていこうという考えでしょう。
その上に、この中立論は、自分自身が隣国などと争いは絶対に起こさないという前提があります。
神ならぬ身、どうして自分が争いに巻き込まれることは有り得ないと言えるでしょう。
例の米ソ2大国による戦争以外に、世の中に争いは有り得ないという観念論が前提になっていたのです。
もしも自分の家に泥棒が入る事態を想定すれば、警察官が寝泊りしていてくれるなら別ですが、警察が来るまでの間の防衛や、なるだけ泥棒が入りにくい仕組み(錠をかけたり、セコムなど)にするのが普通の考えでしょう。
アメリカの撤兵を求めるならば、結局はアメリカ軍または国連軍の応援が来るまで持ちこたえられるように、相応の戸締りは必要という意見に落ち着かざるを得ません。
非武装中立論は、結果的にアメリカに出て行ってもらって自前の武装をすべきだと言う、国粋主義者と同じ方向に国民を導くようになるのです。
以前から55年体制その他で書いていますが、革新政党の本質は、結構古いものです。
私は幕末以来80年の長きに亘った、100%自前の防衛思想はもう時代遅れになったと思っています。
我々は、まさに関が原以後の世界に生きた戦国大名みたいなものです。
福島正則みたいに自分の城にこだわって徳川秩序に刃向かっても仕方がありません。
伊達政宗のように文化・風流にいそしんで、アメリカと折り合いをつけていくのが賢明というところでしょう。
アメリカは、イラクの侵攻に始まって、世界貿易、スポーツのルールなどいろんな場面で、自分勝手なことを結構やりますが、日本がちょっとくらい軍備増強してもどうなるものではありません。
強い男を適当にいなして、家庭円満にやって行くしたたかな女性を見習えばいいのです。
アメリカに好きなことをさせたり言わせないために、軍備増強で張り合う方が割に合わないはずです。
アメリカは貿易ルールの変更や日本が強くなるとすぐスポーツのルールを変えるなど、覇者らしく少しは勝手なことをしたがります。
その結果、日本は損をしたり口惜しい思いはしますが、アメリカに勝手なことばかり言わせないように、アメリカに張り合える程の武力を蓄え、維持をする方がもっとお金がかかるはずです。
それでは (金の問題じゃない!)男の沽券にかかわるというのが、国粋主義者の発想でしょう。
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