03/18/04
平和憲法・・・憲法47(憲法前文)
新憲法の前文に、
「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
とあるのは、江戸時代(或いはそれ以前にも)には信義(東洋的秩序)だけで300年近くも平和にやって来たという歴史的背景が有るのです。
そうした信義に基づく世界秩序を希求し、この憲法を制定するのは、江戸時代300年どころか長い歴史経験に基づくものです。
幕末の黒船来航以来、敗戦まで、約80年間も国民は、少しでも気を緩めると、西洋の植民地になってしまうとばかりに歯を食いしばって、みんな神経衰弱になるほど頑張ってきました。
この比較としていつも思い起こすのは、「ビルマの竪琴」と言う映画の出演者です。
戦後直後頃の名画である同映画と、30年余り過ぎた昭和50年代に再撮影された(石塚浩二が隊長役でした。)同じ映画を殆ど同時期に見比べたことがあります。
戦後直後の映画は、兵士一人一人の目がギラギラしていて、本当につい最近まで殺し合いをしていた人間の素顔がわかる仕組みです。
それに対し昭和50年代の映画は、名画の再現で配役が違うだけですが、ひとりひとりが現在の柔和な人間なのです。
メーキャップでは、どうにもならない時代の違いを感じますよ。
如何に国民全般が、大変な精神状況下で戦ってきたかがわかると言うものです。
前回のコラムで書きましたが、国民全部が総力戦のもとで、こんなに長期間臨戦状態で来たのは、歴史上初めてです。
国民全般に「もう疲れたなあ」と言う厭戦気分が漲っていたのは、否定できないでしょう。
アメリカが悪いようにはしないというならば、やれやれ助かった・・・・。
「これからは、アメリカさんを頼りますのでよろしく頼みます」
「ブロック経済でなく自由貿易でいいのですね。」
というところでしょう。
憲法前文の平和主義は、アメリカからの押し付けだけで、突然書かれたものではありません。
同じ敗戦国で日本だけ特有の平和憲法が出来、国民も心から、もう戦争はこりごりだという心理が強いのは、それだけの歴史があることが分るでしょう。
ここで言う戦争とは、太平洋戦争だけではなく、明治維新以来の臨戦態勢・ハリネズミ態勢全部がこりごりと言うものでしょう。
これを軍国主義と表現していますが、私はそれよりももっと深い、西洋に対する恐怖感がそう言う国家目的を設定せざるを得なくしたと考えています。
ところで平和憲法は、押し付けだから再軍備せよという論者は、日本は本質的に好戦的な民族なのに、無理に平和主義を押し付けられたという立場なのでしょうか?
或いは、好き好んで植民地争奪戦に参加していたと主張するのでしょうか?
私は日本人は、根っからの平和愛好国民であって、幕末から敗戦までは、競争に参加しないと食われてしまうから、仕方なしに弱肉強食競争に参加していただけで、中華秩序であれ、アメリカ秩序であれ、平和にやれるならば、お任せしたいと言うことで本来の姿に戻っただけという立場です。
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