03/13/03

遺留分4(民法52)

遺留分制度の存在意義については、社会の進展によって常にその存在意義を検証し、修正変更して行くべきだと言うのが私の考えです。
とりわけ、戦後サラリーマン化および核家族化が進んだ今日、私達が昭和30年代〜40年代に習ったと同じ存在意義を、前回引用したように現在の学者が主張しているのには驚きです。
ちなみに上記の親族相続法講議の出版は1995年となっています。
また、最近では長寿化の影響で、80〜90代の死亡が普通のようになっています。
「90歳のおじいさんに扶養されている息子がいるのかいな?」と言う疑問がありますし、そんな寄生虫みたいな息子を保護する必要があるのでしょうか?
また身体障害者等の特殊事情で、成人していても本当に面倒見なければならない子供がいた場合、親としては『死ぬに死ねない』と言うのが普通で、そう言う不憫な子供がいるのに、自分の資産全部を、教会や赤の他人に贈与してしまう親の存在は考えられません。
親が死に臨んで、子供がいるのに他人に贈与したりするのは、子供と言っても既に経済的に独立していて、疎遠どころか仲たがいしている場合が殆どでしょう。(それでも全部他人や後妻に贈与すると言うのは滅多に考えられません)
そうすると、『被扶養者が路頭に迷う』等の主張は実態にあわず、滅多にありもしない事を殊更に言い立てているだけになると思います。

 


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