03/04/03
桃の節句 2(旧暦と新暦)
太陰暦から太陽暦に変わったのは、科学的には正しいのでしょうが、日本の各種行事は、太陰暦にあわせて設計されていますので、太陰暦にあわせて設計された行事を、郷愁で行う以上は、旧暦で行うべきものではないかと思うのです。
これまでのコラムで、法律用語の説明をして来たのでお分かりのように、同じ単語でも民法で使う意味と刑法で使う意味が微妙に違っておりますし、まして一般社会で使うのとは、かなり違っている事が有ります。
このように何事も相対的なものであって、(これに対するものは絶対王制)太陽暦を採用したからと言って、生活全般に亘って、使わねばならないと言うものでは有りません。
公式の記録や暦(日付け)は太陽暦に統一しなければ、混乱するでしょうが、伝統的行事を温存する以上は、気候風土にあった太陰暦で行うべきではないでしょうか?
実務的な田植えの時季、茶摘みの時季その他の農作業や漁業などは太陽暦にあわせて変えていたら大変な事になっていたでしょう。
過去の行事は、日付けの数字に意味があったのではなく、その季節に意味があったのですから、数字が変われば行う日付けを変えるべきだったと思います。
出来る事ならば、行事関係用の太陰暦を印刷して発売すれば良かったと思いますが、そうすると国家権力の沽券に関わると言う立場もあったかも知れません。
何しろ、我が国だけでなく古代以来どこの国でも、暦の管理は、国家的大事業で国家の威信に賭けて、全国津々浦々まで統一的に強制して來たものです。
法または、律令が出来るまでは、現在の国家が法を強制するのが権力そのものであるように、天文、暦、度量衡を強制する事は最も重要な権力発揮でした。
このため毎年、都から役人が派遣され、暦が配って歩いたのですが、機内の季節を規準とする暦は、その他の季節のあわない地方では迷惑なもので、神棚に飾っていたもののようです。(棚上げの語源かな?)
今で言えば、明石の標準時を強制しているのと原理は同じでしょう。
このように時間の管理は、国家の基本的権能である事は今も変わりません。
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