03/15/02
企業人と市民の常識
私は今年の2月に、このようなテーマの講演を頼まれて下手な話をして来ました。話の要点は次のようなものです。企業人というのは、大手・大企業の従業員を指すものと考えらますが、この人たちは(受講者を含めて)平均以上の教養・モラルを有していると自負していると思われます。ところが雪印食品という大企業の、しかもセンター長という法令遵守を社員に訓示していたであろう人物が、モラルどころか刑法に触れる行為をしていたのです。こうしてみると同じ人間が企業人になると、別 の人格に変わると言わざるを得ません。何故悪い方に変わるのでしょうか?変わらざるを得ないのでしょうか? エリートを集めて能力の均一な構成で、出世競争をするには会社・派閥の上司の為に、リスクから逃げるどころか向かって行かねば出世出来ない、という心理状態も一因でしょう。他方組織は不祥事が発覚すれば、担当者一人が独断でやった事として、組織としての責任を取らずに来ました。政治家は『秘書が』、ヤクザは『若い者が』、と言って責任を逃れて来ました。公共工事の贈収賄事件も担当者が逮捕されるだけで、会社の過去10年分の売り上げ金を没収される事もなく、まあ言わばやり得と言う訳です。こういう状態では組織としては法令遵守を口先で言うだけに終り、社員も犠牲フライの精神で違法行為に励む事になります。しかし今や秘書どころか元秘書でさえ、世間が許さなくなりました。センター長が折角、『私の一存でやりました』 と言ったのに雪印食品は、解体されてしまいました。企業人のモラルと市民のモラルを一致させるためには、社員の教育よりも会社の上層部の意識を切り替える方が先決です。旧い人は成功体験もあって、簡単に意識は変わらないでしょう。その時は、意識改革の進んだ若い社員からの内部告発と言う事になって大変な事になります。
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