02/29/08

西洋近代哲学発展の背景1

西洋では、十字軍遠征を契機に、地中海世界以外のキリスト教国でも商業活動が活発になって、その意識変革が下地になって宗教改革に転化していくのですが、宗教改革から産業革命へ連なって、これが勤労者・・庶民にも信者を広げると、有産者だけを相手にした旧来の教義では間に合わなくなってきたのです。

西洋の宗教改革の流れについては、04/15/06「世界宗教の非合理化と各種学問の離脱3 (商業活動の活発化と規範の合理化)」〜04/21/06「世界宗教の非合理化と改革8(独の場合3・・ルターと農民戦争2)」〜05/18/06「世界宗教の非合理化と改革11(イギリスの場合2・・ピューリタンとは?) 」〜05/18/06「世界宗教の非合理化と宗教改革12(イギリスの場合1・・国教会対メアリー1世の反撃)」前後まで商業活動との関連で各国の宗教改革運動を検討しました。

まして、市民革命が頻発して記憶の最初から存在していた制度である王政すらなくなってしまう事態になると、絶対的秩序・・真理に対する信頼が揺らぐのは当然です。

たとえば、他民族に支配される異民族支配になっても、王政のシステムは変わらないのですが、市民革命によって王政自体が無くなってしまう変化は、強烈な価値の混乱を伴ったでしょう。

更に産業革命が進展して労働者階級が大量発生してくると、信者層の意識変化によって、キリスト教的「神の秩序」も変容せざるを得なかったでしょう。

我々法律の世界では、有産者を対象にした民法秩序が、大衆社会化によって、労働法や消費者保護法その他で変容を受けざるを得ないのと同様です。

この神の秩序が変化する様子をもう少し引き延ばしてみていきますと、西洋では、ルネッサンス期以降スコラ哲学の延長では、ものごとの説明が間に合わなくなってきたのが始まりと言えるでしょう。

科学的には、ガリレオの例が有名ですが、哲学的には、早くもデカルト(1596〜1650)あたりから批判を受けるようになり、その後、続々と近代の西欧哲学・・キリスト教学の内部変革と言う形ではなく、外部からの研究と言う形式・・が花開くのです。

必要は発明の母というわけですが、哲学者の百家争鳴の結果・絶対的な神・・価値は、消滅に向かうのですが、原理的にはわが国の末法思想・終末論の風潮と同じでしょうか?

ユダヤの終末論は、神の国が到来し正義が行われ、ユダヤを救済する思想ですし、仏法の末法も本来は、仏教のおしえ・・・法が無くなるというものではありません。

ちなみに末法の世とは、俗に解釈すれば法の末ということですから、この俗説が一人歩きして、「法」とは仏法秩序・・・仏教の真理のことですから、価値観がガラガラと崩れる世が来たと普通の人は理解したのでしょう。

日本では、ちょうどおよそのそのときに王朝制から武家政治へ変革する大変動期に掛かっために、仏法崩壊の誤った予想が、かえって新たな浄土信仰、日蓮宗その他を生み出し、大衆の心をつかんだのです。

 



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