02/25/08
ゾロアスター教の痕跡4
ゾロアスター教は、アケネメス朝がアレキサンダーに負けて滅びてからはセレコウス朝に継承され、更にササン朝ペルシャでは、一時期国教にまでなったのですから、当時支配下にあったインド地域の民衆に対する文化的影響も大きかった筈です。
もしかしたら、キリスト教の教会では、正面祭壇バックが、ステンドグラスなどで明るくされているのも、仏像には必ず光背があるのと先祖が同じことかもしれません。
拝火教自体は、その後新興のイスラム教に取って代わられてしまい、世界宗教から少数異端宗教に転落していますので、現在では忘れ去られていますが、紀元前1000年前後から(人によっていろいろで正確には不明らしいです)イスラムに駆逐されるまで約1500〜2000年前後もその地域・・・文明の交差点=世界のセンター・・で根を張っていた信仰です。
この火を大切にする考え方は、元々原始的色彩が濃いので、ゾロアスター教に限らず世界のどこでも自然発生的に始まるべきものでしょうし、ゾロアスター教は、世界の中心地で何千年も根を張っていたので、あちこちに伝播して痕跡を残していても不思議ではありません。
光を偶像に取り込むと言う形式で世界中に痕跡を残しているのは、そのせいかも知れません。
古代から世界各地に伝わるお祭りに「火」は不可欠なのも、その一種でしょう。
(ただし、火を大切にするのは、どこでも土着信仰みたいなもので、ゾロアスターの影響とは言い切れません)
ただし、わが国のアマテラスの神様・太陽信仰は、農業神の一種で、拝火教とは、系列が違うでしょう。
いずれにせよ、仏教の仏像の光背は、クシャーナ朝に始まりササン朝の支配下で盛んに作られたのですから、古代イランの土着信仰の影響を受けていることは確かでしょう。
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