02/18/08
書経2(歳と載・・・転記ミス?)
この後に紹介予定の学校教育法では、「歳」を「才」と簡略化して流用していますが、こうした流用ならば、簡略化の合理性がありますが、歳と載では字画数もそれほど変わらず、何のための流用か意味不明だからです。
(日本戦後の大改革・・当用漢字化の時代と違い、当時はもっと複雑な画数の多い漢字を平気で多用していたのです。)
ただし、書経自体の原文は何時誰が書いたものかすら、はっきりしません。
周の史官が始めたのだろうとか、孔子自体が編纂したとかいろいろですが、諸子百家たちがいろいろ引用しているので、それ以前であることは間違いないのですが、書経自体の原文が無いので、この文字の使用・転用が書経成立時からあったとは言い切れません。
書経は成立の後、始皇帝による焚書坑儒によって、原本・完全なものが無くなり、その写本の内、焚書の難を免れた今文尚書(これも壁から出たもので、完全なものではないようです)、古文尚書(孔子旧宅の壁から出たものやいろんな所からでたもの)、偽古文尚書の3系列があるようですが、今のようにコピーして転記する時代と違い、手書きで写すというよりは「移す」時代ですから、書く人によって、文字を書き間違ったり、いろいろなことになっていた可能性があるのです。
こうしたことは、昔からいくらでもあるはずです。
まして、中国では当然のことながら音読みだけですから、わが国のように訓読みへの読み替えで確認する作業工程がない分だけ、転記ミスが起きやすいはずです。
現在の年金記録漏れ騒ぎは、コンピューターへの転記ミスが原因で大騒ぎになっているのですが、漢字文化圏の中国人留学生などをアルバイトに使ったのが、転記ミス大量発生の大元の原因と言われているのです。
大事な文書の転記には、複数で発声して確認作業するのが普通ですが、中国では日本のように読み合わせ段階で、訓読みで再確認するなどの作業が出来ないから、同じ音で違う漢字をイメージすると訂正の仕様が無いところがあります。
そのうえに、春秋時代には、まだ紙のない時代でしたが、紙が無いということは、墨で書くというよりは、竹簡や木簡に刻していくやり方が中心だったでしょう。
書いている途中でミスが見つかっても、簡単に訂正できることではありません。
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