02/18/08

書経1(歳と載・・・転記ミス?)

この時代・・書経を書いたり、後世整理した時代という意味です・・・には、水の管理がもっとも重要になっていたことが分かります。
この7とか9というのは、本当の数字なのか語呂のいい数字だから書いたのか、私には分かりません。
洋の東西を問わず、昔から1、3、5、7、9という数字が、何故か好まれるからです。
1は物事の始まりを表すめでたい数字ですが、その他は、素数の内、奇数だから数学的思考の基礎になるからでしょうか?
ただし、このころの1年は今の1年とは違うので、70年とか9年をそのまま今の1年に数えるのも間違いです。
この点は、01/06/08「農耕の発達と天文の発達1」等のコラムで説明しましたが、漢字の出来たころには1年とは、穀物の稔るまでの期間でした。
ただし、堯舜禹 の神話が何時成立したかによって、1年の意味が違ってきます。
この部分は、殷以前の時代を書いているのですが、この神話が成立したのが、例えば、春秋時代であったとすればその時代の価値観や時間観念でつくられているはずです。
日本書紀が日本古代のことを書いているからといっても、その作られた持統朝前後の価値観で書かれているのと同じです。
ちなみに殷の時代には1年を「祀]」という漢字で現していたといわれますが、殷は夏の次ですし、夏王朝だけでも、もしかしたら4〜500年もあった可能性がある・・伝説時代のはなしですから、正確にあったかどうかさえはっきりしません)その前ですから、当時何といっていたか分かりません。
後世の人が、書経を書いたので「70年、9年」で表しているのです。
ところで、歳と載では音が共通と言うだけで意味が全く違うのですが、書経成立の時代には、既に歳と音が共通である載が転用・混用されていたのでしょうか?
私が想像するには、一般に転用されていたのではなく、書経の転記ミスをそのまま意味不明なので、却ってありがたがって、昔はこのように使っていたと真似するようになっただけではないかと思います。

 



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