02/17/08

中国の神話伝説1・・堯3(鼓腹撃壌)

この偉大な人物(という事になっていますが、どこが偉大か不明ですが後記の富貴や長寿を辞した点くらいでしょうか?)天下を治めて、50年も経つと天下がうまく治まっているのかどうかも何が何だか分からなくなります。

そこで、「乃微服游於康衢」・・お忍びで大通りへ出かけてみると有名な鼓腹撃壌の場面です。

治天下五十年

治天下五十年、不知天下冶歟、不治歟、億兆願戴己歟、不願戴己歟。問左右不知。問外朝不知。問在野不知。乃微服游於康衢、聞童謡。曰、「立我烝民、莫匪爾極。不識不知、順帝之則。」有老人、含哺鼓腹、撃壌而歌曰、「日出而作、日入而息、鑿井而飲、畊田而食。帝力何有於我哉。」

 

この場面は、無為の政治こそ、その極意であると教わって来ましたが、私が思うには、堯の行う暦に頼らなくとも農民は自分で日の出と日没を見て(自分で空模様や気候変動を見て)農作業をしていれば充分であると言う意味に取れないこともありません。

今でも、天気予報は一応見るとしても具体的な行動は、自分でそのときそのときの空模様で決めるものです。

まして昔の暦くらいでは大して当てになりませんから、その年毎の気候変化・・今年は春が速いとか遅いなど・・・にあわせて個人の才覚で行動する智慧の方が何ぼか正しいことが多かったでしょう。

だから、「帝力何有於我哉・・帝力なんぞ我にあらんや!」と言い切ることが出来たのでしょう。

もっとも、この神話は、伝説上の皇帝をコケにするために書いたものではないのですから、正統派の解釈どおり、堯の徳治政治が行き渡り、児童までも、知らず知らずの内にその則(のり)を超えないほどうまく言っているという意味になるのでしょう。

01/28/08「新還暦の提案と「志学・而立・不惑・知命、耳順」で紹介しましたが、

孔子様の「七十而従心所欲不踰矩。」が、自然に行われる理想社会と言うことでしょうか?

 



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