02/14/08
観音菩薩像の源流4
上記観音経は、何故観世音と言われるようになったかについて、質問されたことに対するお釈迦様の答えという形式ですが、「侍多千億佛 発大清浄願)」で何となく、人並み以上の修行を積んでいるから・・というイメージは伝わりますが、その話が直ぐに終わって、ともかく「念じれば救われる」式の応答に終始しているのです。
どんなときにも「念彼観音力」 (ねんぴかんのんりき)と言うわけで、観音様を念じてさえいればすべての困難が救済されると言う教えです。
「念彼観音力」の思想的背景が何時ころか始まったのか知りませんが、わが国の中世に発生した南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経を繰り返す宗教の原型になったのでしょう。
このお経から見れば、観音は衆生済度の誓願を立てたありがたい菩薩であると言うことになりますが、私の素人解釈?では、最高級の智慧=悟りに達しているからこそ、それができるということではないかと思うのです。
そもそも仏教では当初経典がなく釈迦入滅後約500年も経過した紀元1世紀ころから順次作り始まったと言うのですから、この妙法蓮華経本体は何時ころ成立したのか知りたいところです。
まして、現世利益の観音信仰が妙法蓮華経成立時の最初かあったのか、あるいはあとから法華経に取り込まれたのかさえ、私には定かではありません。
この点は、専門的に調べるならば、先ずは世界各地にある一切経や大蔵経が一種のデータブックですから、これらに何時から観音に関する記述が取り込まれるようになったかの調査をすればある程度分かるのでしょうが、元々こうしたデータブックの成立自体がかなり後のことです。
それにしても、そうしたデータブックがインターネット上にありませんので、紙で書かれた本にあたるしかありません。
もしも、大蔵経の最初からあるとすれば、さらに経典編纂作業グループ別傾向などとの関係を調査研究している専門家の論文を読む必要があるかもしれません。
ちなみに経典編纂作業が始まって初めて、各グループで伝承(経典化していなかったので口承)してきた釈迦の教えに対する理解の違いが表面化してきますから、上座部と大衆部などとの根本分裂が生まれてくるのです。
その後更に各派内で分派をくりかえしますので、もっと複雑です。
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