02/13/08
観音菩薩像の源流3
元々クシャーナ朝以前に北西インドに進出していたバクトリア人はギリシャ人国家でしたから、バクトリア滅亡後も北西インドにはバクトリア人・ギリシャ系人が住み着いていたとも言われます。
ギリシャの知恵の女性神ソフィアがイランの女神アナーヒターとなり、これに擬して観世音菩薩が考案されたものらしいのです。
他方でヒンドゥーの土着信仰神との融合と見る向きもあります。
吉祥天などは、見るからに分かるようにインドの土着信仰と融合して出来上がったものですが、その逆から見れば、本来的仏像は、インド固有のものではなく中央アジア・イラン経由のものであることが却って分かると言えるでしょう。
最古またはそのころの釈迦の像などは、まさにイラン系またはギリシャ系の顔かたちに似ていると思うのは私だけではないでしょう。
以上のように、観音様は智慧の神として存在するのですが、ヘレニズム的女性神としての遺伝子があるために慈悲→救済を中心とした女性神として日本に伝わってくるのです。
理屈は別として出身母体・・・遺伝子・血を争そえないのが不思議です。
そこで、今では衆生済度の菩薩として理解され、前回冒頭に書いたように般若心経の解釈でも私のように漢文そのままに読むのではなく、自在に救済してくれる観音様が・・・と読むのが普通になっているのかもしれません。
ちなみに、日本の観音様は、万能のゼウスのような聖観音、その変化形?の千手千眼観音・不空羂索観音 など何億キロのかなたまで見通して、救いの手を指し伸べてくれるありがたい観音様ばかりです。
これが昔からの仏教の教えなのか、あるいは日本、あるいは中国流の変化なのかというところです。
ただし、多くの宗派の寺の朝の勤行では定番にはいっている観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈 第25の略称です・・品と書いてボンと読みます)では、観音様の功徳がくどくどと書かれています。
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