02/11/08
空(ゼロ)の思想3(クシャーナ朝の盛衰2)
「空」を基本とする仏教の思想が、このクシャーナ朝の没落前後に、しかもその時代の支配者=仏教の保護者であった中央アジア人の思想傾向と無関係に生まれたとは思えません。
彼らの置かれた精神状況を基礎に生み出されたとすれば、盛者必滅の無常観ともぴったりです。
中央アジアの砂漠地帯では、砂嵐によって一夜にして地形風景がマルデ変ってしまう世界です。
仏陀の修行していたネパール近辺の熱帯雨林がタマタマ火災で焼失しても直ぐに新たな生命体が生まれてくるのと違い、砂漠ではネコソソギ無くなってしまうのです。
楼蘭の遺跡などを見ても分かるように、オアシス国家そのものが一場の夢と消える地域です。
日本では「行く川の水の流れは絶えずして・・・]と物事が繰り返されることが無常観を現しますが、(その点は、ネパール付近の森林気候を基礎とする仏教と同じです)中央アジア・・西域地帯はそんな甘っちょろい世界ではなく、すっかり無くなってしまう世界・・繰り返しなど期待できません。
ですから、西域・・中央アジア出身のクシャーナ族を檀那として発展した仏教本来の空とか無常の意味するものは、日本で換骨奪胎されたものではなく、もっと厳しい観念だったでしょう。
ついでに言えば、中国でも繰り返されることで無常観を現した詩文がいくらもありますから、日本の創作ではありません。
ただ、南朝というか、長江流域の描写(蘇台覧古や台城に関する詩)などに多いところを見ると、緑豊かで生命力にあふれた地域の特徴かもしれません。
クシャーナ朝の衰退を見ますと、最盛期のカニシカ王(2世紀半ば)の2〜3代後のヴァースデーヴァ1世は240年ころにサーサーン朝の王シャープール1世と戦って完全な敗北を喫して以降は、急坂を転げ落ちるように衰退していきます。
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