02/10/08

ゼロの発見とインド仏教(空の思想)1

私の家では、以前平成元年生まれのゴールデンリトレバーを飼っていたことがありますが、年齢を数えるのに元年だから簡単かなと思っていたら、誕生日が来るまでは平成の年数から1歳引かねばならないので変な感じでした。

ゼロ年と言う表記を作れば、年令計算や各種の期間計算が簡明です。

世の中の人がまとめて間違っていると、私のような物事の由来を知らないものが正論?を言うとキチガイ扱いされてしまう・・国語というのは多数派が正しいことになる1例です。

私もキチガイ扱いされると困るので、現在は21世紀であり、平成20年であることを争うつもりはありません。

暦を変えると混乱するからと先延ばししても仕方ないので、結局は、明治5年に太陽暦に変えたことを、01/04/08「明治の改暦と社会の混乱2」で紹介しましたが、歴史年表の書き換えくらいは大したことがないのですから、将来には、過去の表記を改めて、ゼロ世紀から数えなおす時代が来るかもしれません。

このようにみていくと洋の東西を問わず、人類の最初は数え計算が普通だったことが分かります。

私が思うには、古代にはゼロの数字・・ゼロ観念がなかったからではないでしょうか?

セロが発見?発明されるまでは、カゾエで数えるしかなかったのです。

その点、漢の武帝が始めた元号制・・元年と言う言葉は、木の根元=GLゼロを含んでいるように思われますから、元年の次を2年にせずに1年から始めればよかったと思いますが、はっきりしたゼロの観念がなかったから、こうなってしまったのでしょう。

ちなみにゼロが発見されたのは、4〜5世紀のインドと言われていますが、その概念は8世紀にアラビアに伝わり、これがイタリアにつたわったのは13世紀であるといわれています。

アラビア語で sifr スィフル「空」と翻訳されたらしいですが、仏教の基本的哲理である「空」が数学のゼロの翻訳と一致するとは面白いことです。

ゼロが紀元後4〜5世紀ころに発見された下地には、物事の本質を「空」とみるインドの仏教が紀元前に成立していることが重要でしょう。

ここで、お経を唱える人が誰でもそらんじる仏教の基本書?(民法で言えば有名なダットサンみたいに簡潔にして要を得ている本と言う意味です)有名な般若心経の1節を次回以下で紹介しておきましょう。

般若心経とは、600巻に及ぶ大般若波羅蜜多経のエッセンス・・心経と言う意味です。

ただし、この空を基本とする般若経自体は紀元前にはなくて、紀元後数世紀から4世紀ころに出来たものらしいです。

この般若心経は、日本ではとても気に入られていて宗派にかかわらず大抵(浄土真宗と日蓮系を除く)のお寺で朝のお勤めに際して必ず唱えるもの・基本書になっています。

 



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