02/03/08
歳と年の違い1
何ら意味の無い木星の移動を基準にしなくなったことは、それはそれとしてよかったのですが、この時点で木星に対する客観的な天文観察の必要性が無くなったことは、中国の天文学・・ひいては合理的思惟の発達にとってマイナスだったように思いますが、いかがでしょうか?
金兌換紙幣が金との交換の裏付けを無くし、不換紙幣になったのと似ていますが、金との交換がなくなれば、無茶苦茶に紙幣を発行できるかと言うと、その代わり、国内ではインフレによる物価の上昇・・ひいては紙幣の価値が下がるし、対外的には、為替相場があるので、結果的に平均的購買力平価・・結局は金相場に近づくようになりますので、歯止めがある点が違います。
建武26年(西暦50年)の超辰の廃止までは、10干12支の紀年名も、実は86年に一回とか114年に一回(三統暦の場合)の修正・・・この超辰という修正による「えと」の読み替えを織り込まなければ計算できない仕組みでした。
これでは、過去の記録整理・・歴史は複雑になる一方です。
超辰の廃止以来、10干12支は天文に基づく裏付けをなくし、抽象的な数を数える技術に変質したので、歳星紀年法は消滅し、以後誤差修正の必要性が無くなったので、何千年も単純計算できる干支紀年法と元号制の併用時代が続くのです。
科学との関連性がなくなって、かえって一貫できるようになったのです。
他方で木星の運行との科学的な関連性をなくした後は、合理的な裏づけ不要としたので、非合理な想像だけの世界・・辰極(北斗星)とか星辰とか言いたい放題の言葉が、発達するのです。
木星の運行との経過年数計算の関係を打ち切ったのは良いのですが、そうなれば何のために12年周期で、数える必要があるのかと言うことになります。
1年には、月の繰り返しが約12回あるのはいいとしても、これを年単位やその他の単位に流用するのは行き過ぎだったのですから、この時点で12年周期の数え方も廃止すべきだったはずです。
しかし、後漢時代には、既に陰陽説や五行説・易経などに深く関係して入り組んでしまい、宗教的・習俗的定着をしてしまった10干12支をやめることが出来なかったのでしょう。
ちなみに、現在の刑事事件の起訴状の中の公訴事実の記載では、被害者の特定の書きかたとして、氏名のほかに年齢を書きますが、この年齢表示を何歳と書かずに「当何年」と書く慣らわしです。
現在受任中の医療観察法・・・刑事事件ではありませんが、検察官による申し立てです・・・・の記録を見ると、「当時何年」と変っていました。
木星と縁が切れてから、「歳」は1年間の単位を表す漢字としては正式に使われない漢字になったということでしょうか?
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