02/28/06
明治初年の日本では、報酬だけでなく、儲け概念まではあったものの、それは飽くまで商人としてのものであって、産業資本家としてのキャピタルゲイン概念ではありませんでした。
キャピタルゲインに対するぴったりの用語がないとしても、資金を出すと言う意味の用語については、どうだったでしょうか?
ここからは単なる想像の遊びですから、プロの意見だとは思わないで御読みください。
明治維新当時、世界経済の主流は、重商主義時代から産業革命を経て、産業資本家の時代に突入しつつあったのですが、日本では、まだ商業資本家の経験しかなかったのです。
明治に産業資本投資の概念がはいってきて、その翻訳に悩んだでしょうが、これが結局「投資」や「投機」として定着して行ったのですが、「資」は良いとしても、何故「投」資、「投」機となっていったのでしょうか?
投資するのは、資金をむやみに投げると言う意味ではなく、明治人には、漁師が投網(とあみ)を(運を天に任せて)水面に投げるようなものだと思ったのでしょうか?
農業が春に種をまけば、必ず秋には一定量の収穫があるのに対し、漁師が海に出て網を投げても、必ずしも魚が取れるとは限りません。
明治の人は日本の経験知からして、農業や商人よりも漁業にその解を求めたのでしょう。
漁師の名誉のためにいいますと、彼らは、何らの法則性もなしに出鱈目にやっているわけではなく、漁師にはそれぞれ職業によって鍛えられた「勘」によって魚場に向かい、タイミングを見て網を投げたりしているのですが、第三者には一見、(天候任せですし)運を天に任せているように見える部分もあったのでしょう。
明治人は、彼らの技量も認めつつも、結果は保障の限りでないところに目を付けて、投資と名づけたのかもしれません。
山師になると、今でも「ヤマ勘」と言うように、漁師よりももっと当てにならない感じです。
漁師は一応不漁の日もありますが、概ね獲物を持って帰れるのが普通で、山師が鉱脈を掘り当てるよりも確率が高いのです。
我々があるものに向かって石を投げる場合などは、当たるとは限らないどころか滅多にあたらないのですから、投げる行為は、結果は保障の限りではないのですが、たまには当たるのです。
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