02/25/06

金貸し銀行の区別4(資金配分民主化1)

他方で、国内の資金需要が不足になったので、このころには海外にも進出しようと言うことで、大手銀行どころか地銀まで海外進出に走りましたが、日本人は、これまで書いてきたように農業社会で、安定収入できたものですから、リスクのある投資経験が乏しいのです。
前回コラムで書いたように、国内でも資本市場の発展で、リスキーな融資に踏み込んでいたのですが、それでもリスク回避の方策の工夫ばかりに熱心で、投資先選別能力の磨きを怠っていたのです。
日本人には、いろんな種類の人種がいることは、03/25/04「平和憲法と国の安全 7(我が国人材の多様性)」などのコラムで、これまでも書いて来ました。(商人向きの人材も一杯います)
その中でとりわけ、「商」に疎い役人気質の人が好んで就職している銀行員が、そのまま海外取引に出かけるのは無理があったでしょう。
彼らが商の本質である外国為替(これほど投機性の強い取引はないでしょう)を中心とする海外に出て行けば、商人の訓練を受けていない役人堅気の銀行員では、損ばかりになるのは、仕方ないことだったでしょう。
こうして、トヨタなど産業界が折角稼いだ外貨を、銀行や生保などは下手な外為取引でしょっちゅう大損していたのがバブル前後でした。
銀行や企業トップが、本来の商(リスクこそその本質でしょう)でなく官僚の指導どおりに工場設備資金向けに投資したりしていれば良い時代は、企業トップも天下りで間に合っていたのですが、(ミニ官僚がはびこっていたのです。)こう言う時代・・社会は、本来の自由主義経済とは言えなかったでしょう。
共産主義運営も日本の国家主導経済も(ナチスも国家社会主義を標榜していたのですから、いつも書きますが、右翼と左翼の国家主導思想は共通です。・・これが左翼系運動家が、何かと言うと国家の監視を強化する方向へ政府批判をしたがる根本です)資源不足時代には、有効ですが、資源が余ってくると、市場の選択に任せるほうがよい結果が出るのです。
バブル崩壊によって、ようやく日本でも各種国営の投資銀行(日債銀や長銀・日本興業銀行など)が解体され、国民個々の意思による直接投資社会が到来したのです。
国家・金融機関・・・・結局は官僚ですが・・と言う中間の投資決定機関を排除して、国民が直接必要と思う企業体に投資する社会の到来です。
これは、10/26/03「教育改革22・・・・・寄付と所得税法2(税制の直接民主主義6)」前後で連載しましたが、 私が主張するところの,税の直接民主主義・・・・寄付社会の思想に、投資対象について一歩近づいて来たと言うべきでしょうか?
日本は明治開国以来130年もかかって、ようやく国民による直接投資社会が到来したのですから、このときに初めて啓蒙的専制君主制(指導者が導くと言う社会経済構造)を脱して、本来の自由主義国家になったと言えるでしょう。
啓蒙的専制君主制と言っても、その実質は、官僚の計画経済に従えと言うことですから、計画経済を正面から唱えるソビエット体制と実質は余り変わりません。
ベルリンの壁が崩壊し、集団指導体制のソ連が1991年12月25日崩壊して、ロシアその他独立共和国になったころには、まだ日本では、官僚主導の国家運営でした。
日本人の安定志向の好みを変えた銀行離れ、直接投資への傾向変化は、株式市場の長期低迷を脱するために、政府による超低金利政策に触発されたものでした。
銀行が合理的なお金の使い道がないのに預金を受け入れても仕方がないのですから、需給の関係で、金利が下がるのは、必然だったでしょう。
国民にとっては、超低金利になった上に、銀行預金の支払い保障がなくなりますと、銀行に預けるリスクも考えねばならず、何ために銀行に預けるか?と言うことになってきます。



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