02/24/06

金貸し銀行の区別1(預金機能)

今でいえば低金利下で、銀行は0、0何%の仕入れ金利でお金を集められるのに対し、金貸しは、銀行から3%〜5%前後の金利を払って仕入れなければならないのです。
貸金業者は、仕入れ資金が銀行よりも何百倍も高く設定されているのですから、銀行でない金貸し(街金融)は、高利にならざるを得ない仕組みです。
まして、銀行は、政府の後押しする優良企業にばかり融資していたのですから、焦げ付くリスクを殆ど取らないのに対し、街金融は銀行の貸さないリスキーな企業にばかり貸すのですから、リスクの高い分だけ金利も高くしなければならないし、焦げ付いたからと、簡単にあきらめていられません。
ある産業・・例えば薬局でもパン屋でも隣の店の仕入れ単価が、自分の店の100分の1と言うのでは競争になりません。
ましてお金の場合は、仕入先が安いからと言っても1万円札の品質には、差がないのですから、なお大変です。
それが能力の差なら仕方ないのですが、お国の気にいった者・・・免許を受けたものだけが無茶に優遇を受けるのでは、何故憲法に違反しないのか不思議ですが、この点はそのうちに別の機会に書きましょう。
ところで銀行は、政府の免許で特権的な地位にあることから、町の金貸しと区別をするために、お金を貸すことを融資といいます。
貸付よりは何となく高度な感じですが、融資とは資金を溶(融)かすことではなく、資金の融通をすると言う意味でしょう。
今では資金と言っても、生活資金と言うように、何にでも使う言葉ですが、当時はハイカラな言葉で、まさに資本と同じく元手と言う意味で、産業や商業資本の不足分の貸付を意味し、普通の生活費の貸付とは一線を画していたものでしょう。
貸すとは、元々貝の上に代の字が乗っていることから分かるように、財貨の肩代わりすることでした。
貸すのは、貝=財貨の所有権の臨時肩代わりすると言う意味ですが、資金の融通の場合は、滞っている資金を必要な所に流すと言う意味がつよくなります。
いわゆる消費者信用と企業信用の差異と言うべきでしょうか?
貸金が個人的な生活費の移動であるのに対し、融資は公的・・社会的な資本の目詰まりをなくす移動を意味することにニュアンスが変わるのでしょう。
銀行は、しきりに公的機関であるといわれる所以です。
いずれにせよ、日本の企業は、明治開国以来恒常的に資金不足で、これに国策として資金配分する必要に迫られていたので、その吸引口として利用されたのが、銀行制度の基礎だったでしょう。
しかし、同じく国内にあるお金が直接資本投資に向かないで、銀行や郵貯にならば、集まるというのは、イスラムや西洋世界から見れば異質です。
このシリーズで書いて来たように、日本では、種籾の貸付から利息が始まっていますので、古代から安定確実な回収に慣れている国民が殆どですから、リスクの大きい投資には慣れておらず、明治の初めに近代産業育成のために投資が必要だと言われても、国民は投資に向かわなかったのです。



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