02/21/06

租税とは?8(・・・公用正当補償4)

租税から変な方向へ話がきてしまいましたが、租税は元々支配者の生活維持装置として発達したもので、しかも庸の制度がセットになっていたことから分かるように、財貨だけでなく国民に人的サービスも求める仕組みでした。
貨幣経済が発達しておらず、人的サービスに頼る場面が大きかった社会実態がそうさせたのでしょうが、(介護なども、つい最近まで無償サービス・・愛情に頼っていたのですが、近年やっと社会化が進み始めた所です。)今では、家族内でさえ無償の人的サービスに頼らずに、適正な費用を支払って外注する時代が来たのです。
こうした流れがあってこそ、租税は支配者の生活保障装置から、公的責務を果たすための費用捻出手段に変わってきたと、近代国家で言われるようになった基盤でしょう。
そのためには、租税を国民に課すのは当然ですが、公的責務だから安くていいだろうと言うのでは、公的責務に従事させられる一部の国民だけが、他よりも多く負担することになって公平では有りません。
そうであれば、税金を安くするためと言う名分で、個々人に対する支払いを安く上げようとするのではなく、外注する団体に対すると同様に、個々人に対しても適正な費用を払うべきでしょう。
そのために税金が上がるのは、仕方がないでしょう。
我々弁護士会でも、会務に従事する者になるべく費用負担させずに、弁護士会で費用負担し、その分会費を上げていくべきだと言う方向で、ここ何年か動き出しているように思います。
近世以降、外注されるようになった団体・・事業家と当局者との関係は、賄賂や談合に代表されるようにうまみのある関係でした。
今でも公共工事をやることは、各企業にとって、犯罪を犯してでもやりたい(しょっちゅう談合などで関係者が逮捕されています・・・)とてもうまみのある仕事です。
これに対し、政府に徴用される個々人は、政府から大した恩恵も受けてないのに、殆ど無償に近い形で徴用される仕組みのまま、現在に至っているように見受けられます。
これまで書いて来たように、元は公用に協力するのは無償から始っているために公務に協力する対価が安いように見えますが、それだけの理由であれば、団体にも同じ歴史があったのですから、個人に対する対価だけが低い説明にはなりません。
むしろ、「何々家」と言う団体の方が、主君から命じられると全面無償で家臣を引き連れて参加する義務があって、これに従う個人のほうは主君から、兵糧など支給されていたのです。
当時の人夫も、(例えば石垣の修復)その日の食費プラスアルファが出れば、儲けものの世界でしたから、言うなれば、十分な対価を得ていたのです。
ところが、今では、団体の方が充分以上に採算が取れて、賄賂を使ってでも公共工事を入札したい状態に変化しているのは、周知のとおりです。
他方で、国民・個人の方は何々会議に駆り出されても、無償奉仕を原則とされていて、すずめの涙ほどしか日当が出ないままにとどまっている違いは、租税から始まっているという歴史だけからでは説明できません。



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