02/21/06

・・・公用正当補償3と司法支援センター

私の基本的考え方は、経済的な独立無くして思想の独立はありえないと言うことです。
これが、弁護士の収入源の殆どを政府の運営する司法支援センター経由にしようとする、長期的ビジョンを下地に持つ今回の司法改革?に対する基本的疑問です。
司法改革については、12/02/05「司法センター構想と弁護士の変容3」前後のコラムで連載しています。
勿論、今回の改革は、何十年先の弁護士メージを変えようとする遠大な計画でしょうから、私が現役でいる間の問題では有りません。
或いは、何十年先には弁護士会が頑張って何とか盛り返しているかもしれません。
私の危惧が「的外れであった」と言う結果になるのを、祈るばかりです。
司法支援センターは、国営ですから違法なことまでやってくれとは頼んでこないでしょうが、逆にそこが問題なのです。
弁護士の職務は、成文化されたことに違反する違法なことと戦うのではなく、(それは弁護士がやらなくとも権力の手先である警察の仕事です)成文化した法には反していなくとも、実質的に人権侵害になっていないかの嗅覚を求められているのです。
人権侵害と言うものは、殆どが成文法規では合法であるが・・・と言う性質のものですから、警察の取り締まりに頼れないのです。
むしろ時の権力に都合のいいものは法規化されていますから、制定法を楯に実質違法なことをする強者と戦わねばならないのが弁護士です。
強者はただでさえ強いのに、これがさらに強者の支持を受けた国会議員によって法にまで高められ、武装できているのに対し、(従わない者には、刑事処罰まで出来るのです)、弱者は、成文法の助けなく(むしろこれに対抗して)戦わねばならないのです。
制定法の実質的違法を主張するのですから、うっかりすると権力者から違法と宣告され、刑事処罰されることすらあるのです。
合法であっても実質違法なことがあって、それを救済するのが、弁護士の仕事であることについては、01/19/06 「法と律の違い2(日照権)」のコラムで日照権の事例で説明したことがあります。
例えば、各種公害あるいは、ハンセン病者の隔離問題などは、制定法に違反していたわけでは有りませんが、実質的に人権侵害だったのです。
人権侵害は、時代の進展・・社会構造の変化によって外形上合法の衣を着ていますが、絶え間なく形を変えて生成されていくものですが、弁護士が役所の下請けばかりになって、自分の食べるのに忙しくなってしまうと、嗅覚が鈍り、弱者の痛みに対し、疑問に思う人すらなくなっていくでしょう。
これでは、イザと言うとき人権擁護のために政府と戦える人材をキープしていけるのか?と言うのがわたしの心配ですが、これは杞憂でしょうか。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資