02/16/06

キャピタルゲイン利息2(リスク分散社会1)

話がいろいろ横に行きますが、世の中では投資によるキャピタルゲインと貸し金の金利とは、リスクの有無によるものとの理解が一般的です。
しかし、昨日のコラムで書いたように、これは明治政府が法定果実と天然果実に分類してから、政府の宣伝によって教養として染み付いた観念かもしれません。
私がこれまで書いて来た理解では、この両者の違いはリスク発生の確率の大小問題であったに過ぎないと言うべきでしょう。
ただし、シェークスピア「ベニスの商人」で例とされる船の沈没事故、その他商行為に伴う事故(契約不履行)発生の確率に比べれば、農業社会で発達した種籾貸付制度の回収不能のリスクは、ないに等しい確率だったでしょう。
そこまで違えば、程度問題を越えているので、本質的な差・すなわち別の概念に区分する方が合理的だという意見もあるでしょう。
概念区分としてはそれでも良いのですが、元は同根であると言う点を、重視するか否かで、いざと言うときに地代の減免や徳政令が、権利として要請されるかどうかの差になってくると思うのです。
全く別物とすれば、減免や借金の棒引きは、正当な権利ではないが、生活保護同様の弱者救済という、恩恵の政策と言うことになります。
ところで、何千年と言う歴史の結果、金利と利益配当の違いを大きくして来たのですが、後記のようにいろんな分野で保険制度が発達し(投資対象のリスクの分散化)、株式制度の発達によって投資単位を小さくし、個々人の投資リスク分散技術が発達してくると、投資による利益配当と金利の差が曖昧になってきます。
いまや、再び金利と利益配当との区別を、見直すべき時代がきているのかもしれません。
たとえば、投資といっても、スエズ運河開設の時代のように、一人一人の投資単位が巨額ではなく、株式制度の発達のおかげで、普通の人でも分散投資できる時代になっています。
ライブドア事件でご承知のように、今ではコンピューター取引の発達で、わずか百円単位のたった一株単位でさえ売買に参加出来る時代です。
こうなるとホンの数百万円の資金でも、あちこちの株を少しずつ購入できますので、一種のインデックス買いが出来て、東証全体の平均値の増減になりうるのです。



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