02/15/06
永小作権に戻りますと、どのような凶作でも小作料の減免要求が出来ないと言う無茶な規定が、従来の慣習に反して何故出来たのか疑問ですが、ひとつには、後述の論理的必然でもあったでしょう。
論理と言うものは、前記の賃貸借法理でも分かるように、一見論理だから仕方がないように見えますが、実は、特定の立場に都合のよい思想の代弁になっていることが多いものです。
この後に、天然果実と法定果実区別を紹介しますが、このコラムでは後の紹介になるだけで、法律の体系では、果実収取権として民法のずっと前の88条にあって、小作料はその応用編と言う体系になっていることに気をつける必要があります。
総論とも言うべき条文で、小作料等は法定果実の仲間に入っていて、法定果実の収取権は、運用結果に拘わらず、期間計算する原理が宣言されているのです。
その理論的結果として、永小作料の規定が、収穫如何にかかわらない厳格なものになったのです。
その意味では、274条の規定によって、不可抗力だとか不作だったなどの言い分は聞かないようになった=ここで創設されたのではなく、法定果実と天然果実の分類を定めた総論のところに問題があったのです。
賃貸借の法理(地震売買横行)の前提には、「契約の効力は当事者にしか及ばないと言う」契約法の基本原理があったのと同じです。
しかし、論理だけでは、国民が簡単に納得しないだろうとの政府の心配から、再度念のため再確認するために置いた規定が274条以下の規定と読むべきでしょう。
しかし、利息と言っても、これまで書いているように、元々は収穫物で払うものだったのですから、収穫内容・結果次第で変動するのが合理的(含意があった)だったでしょう。
既に書きましたが、利息とは、漢字の意味から言っても借りたものの息子ですから、借りた種籾からどれだけ生まれたかの結果によるべきなのです。
天然果実と法定果実の条文も、「果実」と言う漢字を使っていることからしても、結果を表すことは明白です。
今では果実といえば、フルーツのことですが、当時は果物を毎日食べられる豊かな時代ではなかったので、果物が身近になかったでしょうから、フルーツを意味したものでは有りません。
果物の語源は、原因結果の「果」すなわち「結実したもの」と言う意味ですから、条文にいう所の「果実」とは、フルーツよりは、こうした因果関係をあらわしたものだった筈です。
利息・・果実として結果を意味する以上は、天然果実も法定果実も、凶作(成果のない事態発生)の頻度が違うだけであって、その扱いを異にすべき理由が有りません。
兎も角政府は、近代工業化を遂行するための人材として農民を都会に追い出したくて、小作料などを法定果実として、収穫内容に拘わらず、期間経過によって、一定の地代など払うべきだと定めたのですが、あまりにもこれまでの慣習と違うので、国民の反発を恐れて、最後に、
第277条 第271条から前条までの規定と異なる慣習があるときは、その慣習に従う。と言う、救済条項を付加せざるを得なかったようです。
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