02/15/06
明治政府が工場労働者、炭鉱夫など現場労働者を大量に必要としていたことについては、04/08/04
「地租改正と売買自由化2(日本版囲い込み?・・・労働者の創出」前後のコラム紹介してきました。
永小作権の過酷な規定・・どんな凶作でも小作料の減免をしないばかりか、2年間不払いがあれば、小作権を消滅させることも出来る276条の規定は、まさに小作人の追い出しを図った規定でしょう。
これでは、永久を意味する「永」小作権の意味が有りません。
同じことは、土地賃借権で、「土地売買は賃貸借を破る」と言う無茶な法理の確立でも揆を一にしているのです。
これはどう言う事かというと、詳しくは賃貸借のコラムで紹介しますが、賃貸借関係は契約によるものですが、契約上の権利義務は契約当事者間にしか拘束力をもたないのが原理です。
たとえば、AとBの間である約束・・明日映画を見に行く約束があったとしても、その契約に参加していないCは、その約束の拘束を受けません。
この理論の応用として、地主が借地人を追い出す方便として、土地を第3者に売ってしまうと、買主は、前所有者の契約していた賃貸借契約の拘束を受けないので、土地明渡し訴訟をすれば勝てると言う訳です。
前所有者との賃貸借契約を主張しても、新所有者に対する抗弁にならなかったのです。
この時の名残が、借地人が変わったり代替わりすると名義書換料を要求する習慣になって残ってるのです。
そこで、当時の人々は、このような借地人追い出し目的の土地売買を、「地震売買」として類型化しています。
昔の家は、石ころの上に柱を立てていた、チョスイ家が普通でした。
そこで、一寸した地震があると直ぐに家がひっくり返る実態を表したもので、「地震売買」とは言いえて妙を得た表現です。
(これは法律学上の分類だけなのか、当時一般に言われていたのか、実際の所までは分かりません。)
この無茶な制度(土地売買は賃貸借を破る)は、権利の濫用の法理とか建物保護法や大正時代に出来た借地法などで修正・制限されていきましたが、その詳細は、賃貸借のコラムで詳しく説明します。
詳細は別として、賃貸借の法理を時代精神としてみれば、永小作権の厳しい規定と共に下層階級を肉体労働者に再編成していく系譜につながるものと言えるでしょう。
この無茶な法理で、農民の貧窮化 → 地主小作関係の成立 →小作権や賃借り権の弱小化 →労働者の都会への大量供出の図式の結果、行き過ぎたのでゆり戻しになったので、大正から昭和恐慌にかけての明治にできた法理論の修正・・・法理論はそのままにして、工場法その他特別法での例外規定が次々と造られるようになるのです。
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