02/13/06

利息3(出挙2)高利金貸しの起源1(メソポタミア文明

金利として考えれば、半年に10割とは無茶に高いともいえますが、一粒万倍とも言われる穀類にとっては、それほどの高率には感じなかったのでしょう。
ただし、これは時代が進むにつれて、個々人の努力で自分の土地に一生懸命にいろんなものを鋤きこんで肥やしていき、土地の生産性が高くなっていった日本だけの話です。
メソポタミア文明の初期のころは、麦に播いた一粒から秋には60粒くらい収穫出来たのが、次第に下がり、ローマ帝国時代には20粒前後になっていました。
西洋中世には、キリスト教の普及による森林の破壊活動によって森林の破壊の結果?4粒前後に激減していたそうです。
これは平均値ですので、農民によっては、場所や時によっては、春に播いたと同じくらいの麦しか収穫出来ないことが頻繁にあったらしいのですから悲惨です。
気候変動の結果か、あるいは周辺森林の伐採による地力の低下によるものか、或いは、農奴社会で、個々人の工夫を全く期待しない社会であったためなのか、私にはわかりませんが、(多分複合要因でしょうが、)日本の稗や粟、蕎麦、米などに比べて生産性の低さには驚くばかりです。
教科書などでは、肥沃なナイルの流れ、洪水のメリットを教えていますが、それは、洪水によって上流から肥沃な土が流れてくることを前提としたものであって、上流は何故肥沃かと言えば森があるからなのです。
メソポタミヤ文明では、上流のレバノン杉の深い森林によって下流域の肥沃な大地が保障されていたのですが、森林伐採に絡んだギルガメシュ叙事詩・・・古代神話にあるように、上流域の森の破壊が進みます。
尤も。私には、古代神話の原典を読む能力など有りませんから、いつも書くようにすべては他人の受け売りに私の想像で膨らませたものです。
上流の森の消滅によって、下流域が次第に荒れた土地になって行き、今では、文明発祥の地と言う名称が残るだけの荒野になっている訳です。
上流の森がなくなれば、洪水は、上流からは、何にも運んでは来ず、下流域にかろうじて存在している生物、栄養源をもろともに流し去るだけですから、洪水の都度、よけい痩せた土地・・瓦礫の河原になるしかないのです。
こうして時代が下るにつれて、洪水はマイナス評価しかされなくなってきます。
今では、イラクの砂漠に一粒の麦を播いても、殆どが死滅するでしょう。
商業社会では、キャピタルゲインが基本であって、結果如何に拘わらずに一定割合で取る利息は馴染まないと言うのが、このシリーズのテーマですが、それだけでなく、商業に比較すれば、農業は収入が安定していると言っても、このような過酷な農業社会では、日本で稗、粟、米の種籾を貸すのに比べて、リスクが大きかったのです。
気候が厳しい分、借りた方にとって、過酷な結果になりますので一定の率で常に返すと言う方式は、無理があったのでしょう。
西洋では元々商業社会向きのキリスト教やユダヤ、あるいは、イスラム社会では原則として利息禁止社会ですが、その後に農業化していっても、(農民の比率が上がっても)生産性が低すぎて、日本のような固定金利の思想が、根付き難かったのは当然でしょう。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資