02/11/06

ユダヤからキリストへ(農業社会への歩み寄り1と回教誕生1)

ついでに、中東の地ではキリスト教がありながら、途中でイスラム教が誕生した理由について少しばかり考えて見ましょう。
(いつも書くように私の意見は専門的でなく、まして大した掘り下げもない思い付きですので、そのように眉唾感覚で御読みください。)
ユダヤ教は中東の地で、商業社会のために生れたものですが、これがキリスト教となって、商業+農業社会の宗教として変化し、地中海世界の支持を受けるようになった段階で、少しばかり世界性をもったのです。
これが、西ローマ帝国滅亡後新たに興隆したゲルマン族の農業社会に受け入れてもらう間に、(アルプス以北に地盤が広がったのです)キリスト教自体も農業社会に適合していったのでしょう。
ローマ時代のキリスト教が、商業主義に少し農業的要素を加味した程度のものだったに過ぎないと思われるのに対し、アルプスを越えたころから、次第に農業的思考に重心を移したものに変質していったものと思われます。
逆に純粋商業的に行動するユダヤ教徒は、その世界(ローマから西洋世界)では少数派に転落し、異端者とされてしまったのです。
しかも、中東世界が昔から今のような厳しい気候であったかと言うと、レバノン杉の由来にも分かるように、古代には、もっと自然が豊かだったのです。
その後、自然環境の厳しさがます一方だったことから、中東地域の商業的な民の宗教であっても、ユダヤ教では対応し切れれなくなった事態が生じたように思われます。
純粋商業社会であり続けた中東世界・・・しかも沙漠など過酷な気候風土で生きるようになった中東の民には、ユダヤもキリストも救いをもたらす教義ではなかったから、新たな宗教・・・すなわちイスラムの必要性が生れたのではないでしょうか?
ちなみに、教組マホメット自身が商人であったのは、その象徴だと思います。
このように考えれば、イスラムとユダヤ教は、本来キリスト教に対する先祖帰りと先祖そのものであって、本来同根なのです。
違いは、その後に沙漠に広がっていったか、否かだけでしょう。
あえて、両宗教が仲が悪い理由を探せば、(本来相容れない関係ではなく、たまたまイスラエル建国の事情によるだけと思いますが・・・・)古典そのものと新古典主義の違いのようで、近親憎悪の関係で余計に腹が立つのではないでしょうか。



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