02/11/06
予知能力と談合・・寄り合いの問題に戻りますと、わが国でも、危機管理能力の求められる船乗りの世界では、指導者は1人でいいのであって、大勢で相談するものでは有りません。
「船頭多くして船 山に登る」
の喩えがあります。
ま、日本では舟と言っても昔は近海だけでしたから、「舟が山に登る・・船路に迷って困るじゃないか!」と言う程度の他愛のない被害で済みます。
瀬戸内海の入り組んだ島々の中で、迷子になることが多かったのでしょう。
沙漠の隊商や、中東からアフガン、タクラマカン砂漠などのユーラシア大陸内部では、リーダーの統率力=独裁的指導力・・リーダーシップこそが重視されるし、そのリーダーの判断・指導力の巧拙が集団の運命を変えることになるのです。
政治的報道でも、マスコミは欧米の報道の翻訳をして、しきりに「指導者」がどうのこうのという表現ですが、日本では「指導者」と言う発想が昔から有りません。
せいぜい「世話役」と言う役割しか、考えられないのです。
すぐれた政治家は、神の啓示を受けた突飛な発想が有るかどうかではなく、みんなの意見を忖度して、調整していく能力を問われるのが、日本の社会です。
イギリスでも、工場労働者予備軍として小作人を、いわゆる囲い込み(エンクロ−ジャームーブメント)で追い出して、供給したものです。
この点、日本では個人の創意工夫の必要な農業社会でしたから、西洋的な農奴的小作人というものはなく、大きな家には、一人二人の作男がいましたが、これは一種の下男であって独身のまま終わるパターンでした。
小作人が大々的に生じたのは、明治の地租改正によるものであったことを、04/08/04「地租改正と売買自由化2(日本版囲い込み?・・・労働者の創出」前後のコラムで連載しました。
日本の農民は、自分の工夫で仕事をしてきた歴史がありますので、今でも流れ作業形式よりもセル生産がもてはやされます。
また、ある程度仕事を任せた方がうまく行くと言われ、商売では一坪ショップが根強い人気があるのも、そうした歴史の違いでしょう。
西洋では、この単純作業労働者・・小作・・農奴制が基本であったればこそ、本来厳しい気候で生まれ、しかも商業者向きの唯一神のキリスト教が、西洋中世社会・・・すなわち農業社会に浸透出来た主な理由でしょう。
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