02/10/06

商から農への転換5・・・西洋の場合2(予知能力文殊の知恵)

欧米では、革命と言っても資産家のための革命でしたし、アメリカでも工場労働者と経営者・知識階級は別物として生活し、食堂も別々担っている生活方式をみて、アメリカへ出張で行った日本人の驚いた記事が紹介されます。
被支配者は何も考えなくとも良い、指導者が考えてやるからついてくればいいというのが、欧米の基本的思想です。
ロシア革命については、社会主義革命か市民革命かの違いを、教科書では大きく取り上げますが、ロシア革命の本質は、お上が計画してくれるから、下々は計画に従ってそのとおり・・ロボットのように生産に従事すればいいと言う思想です。
労働者・農民に対する発想は、帝政時代の農奴社会そのままであるばかりか、アメリカの黒人奴隷の綿花摘みや、西洋中世の小作人の世界同様です。
被支配者は、何も考えずについてくるべきだという思想が、フランス革命やロシア革命でどうなったかと言う視点で見れば、革命前後で何も変わっていないのです。
ロシア革命では農業まで、集団農場で、中央での計画通りに種まきして耕作・収穫していけばいいと言うのですから、日本的感覚では考えられない世界です。
それまで西洋では、没個性的農業社会があったことを、前提に考えれば納得の世界でしょう。
ただし、日本でも戦後は、社会主義思想が強まった影響からか?農協・・・正式には農業協同組合と言い、組合方式ですから、一種の社会主義的組織です・・・・が全国に蔓延して農民を指導?して来た結果、日本の農業を駄目にしてきたのは、皆さんも記憶に新しい所でしょう。
モーゼの脱出でもそうですが、あちらでは(遊牧民も含めて)指導者に盲目的について行くのが、当然の社会なのです。
沙漠・荒野の世界では、視界や聴覚、触覚に頼る限り、右に行ってよいのか左に行ってよいのか皆目見当のつかない広大な地平の中で、しかも厳しい生存条件の中・即時に決断を求められるのが沙漠の民の特徴です。
こう言う生存条件では、大勢の意見を聞いてその大方の意向を、阿吽の呼吸で感じ取る能力ではなく、自然に対する予知能力こそが求められるのです。
日本では「3人寄れば文殊の知恵」と言う諺がありますが、これは日本のように平和で、複雑な気候風風土、しかしながら結果が厳しくない優しい農業社会でこそ成り立つ話です。
危機管理に関する予知能力に関しては、無能(鈍感)な者が、3人或いは10人〜100人集まって議論しても意味がありません。
この種の問題では、1000人の群集の意見よりも、有能・卓越した1人の予知・決断能力には及ばないのです。
アメリカのブッシュ大統領の演説の場面が良く報道されますが、万余の群集を前にして、何か訳のわからないことを最後に叫び(私が英語を理解できないだけですが・・・・)ますと、群集が毎回歓呼で応えるシーンが写し出されます。
日本のように、狭苦しい料亭で何となくうなずきあって、意見交換する世界ではないのです。
あるいは、古くから村落の意思決定には、寄り合いと称する会合を持つのが普通でしたが、誰か指導者が大声で演説するのではなく、文字通り寄り合って、(肩を寄せ合って気を感じつつ・・)意見交換するうちにひとつの方向性が導き出される社会でした。



関連ページリンク

Powered by msearch
稲垣法律事務所:コラム:検索

検索ベースはこちらから

 


コラムTOP

リンクを当コラムにはられる方はお読み下さい

©2002, 2003, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008 稲垣法律事務所 ©弁護士 稲垣総一郎
Design / Maintained by Pear Computing LLC



ブログ
株式投資