02/04/06

皇室典範改正論議9(男尊女卑思想完成衰退)

女性像の話に行ってしまいましたが、江戸期にはいっても女性の地位低下は、一部階級に限られていたのですが、過酷な戦国時代を経て、男優位の思想が徳川期に武家層で完成したのです。
このころに林羅山によって、儒教が官学として取り入れられたことも、11/28/05「儒教への距離4(定着していた仏教1)」などの儒教のコラムで紹介しました。
それでも、儒教や、男尊女卑思想は、商人や農民には関係のない思想でしたが、明治になって水のみ百姓にまで武家の思想を強制するようになったのです。
零細農民にとっては継ぐべき財産もないし、実際に働く人が重要でしたし、水田社会では女性が労働力の中心でしたので、(養蚕もそうです)嫁さんが相続する制度すらあったことについても、この1月末からのシリーズで紹介しました。
また商人にとっても、実力社会でしたから、形式こだわっていたらつぶれてしまいますので、婿養子が中心だったことがよく知られているとおりです。
現在の松下電気も、幸之助氏には息子がいるらしいのですが、婿さん連が頑張って世界企業として維持しているのです。
男尊女卑思想については、05/28/03「男尊女卑の思想10(明治の思想と実際2)」まで連載し、その後男尊女卑思想の崩壊のテーマでも連載しました。
皇統を男系に限定したい人々の心情は、有史以来(と思う方が多いでしょうが、実は日本では江戸時代以降しかも上層部だけで、庶民にまで広がるのは、こうり返しますが、明治民法からです)続いて来た男女の地位の差が大きかった時代の思想に関係がある・・あるいはその名残にこだわっているように思えるのです。
結局その論争の基礎は、男女差を存在させるべき社会事実が今でもあるのか否か、あるいは今でも存在するとしても、それを変えていくべきか、或いは守っていくべきか、と言う立場の相違に帰するでしょう。
ところで、05/29/03「男尊女卑思想の崩壊 3」まで連載しましたし、夫婦別姓論などでも書きましたが
男尊女卑思想の根底を為す社会実態は変動していて、いまや、その存在意義が、全くなくなっているのは明らかです。
存在意義が有るのに、これが衰退しているならば、再興すべきでしょうが、男女差別を残すべき存在意義がなくなったのなら、新しい社会にふさわしい男女関係構築に向けて新しい思想に衣替えするのが合理的です。
その意味では、今回の論争をみると、論争の結果について実益のある旧宮様以外の応援団・・・女系天皇制に反対するグループは、長年の男性優位のマインドコントロールからまだ抜け出せない人々、懐古趣味に浸りたい人たちが多いのかも知れません。
他方でそんなことにこだわる事はないと言う人たちは、皇室の存続の為には時代の進展にあわせるべきだというグループでしょう。
ま、卑俗な言い方ですが、男系にこだわり、何百年単位も前に天皇家から枝別れした男系の人が、(今は何をしているのか知りませんが・・・)いきなり天皇になるとしたら、却って、万世一系のイメージを傷つけ、天皇家の権威を損なうのは明らかでしょう。
そこまで遡ると、社会常識としての親族・・一族の観念からも、ズレ過ぎますし、生まれたときから宮様として生活して来た人でなければ、イメージダウンは必死でしょう。
当然政府も、極秘にそうした人たちの現在の職業や生活を調べているのでしょうが、現在の職業によっては、皇室のイメージダウンになって皇室の存在意義が疑われる事態になってくるでしょう。
時代錯誤な主張をごり押ししていると、国民大方の支持がなくなって、却って皇室制度存続の危機を招く危険が有りますので、右翼や、女系反対論者は長期的には、皇室制度崩壊を期待している勢力なのかもしれません。?
こうした逆転現象はよくあることで、私がいつも批判しているように、野党の主張は政府批判のようでいて、いつも政府の監督権の拡大を迫る内容になっているのと同じです。



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