02/02/06
大分話しが、皇室典範改正論から離れましたが、そもそも血統と言うのは、それ程あてにならないことが分かって戴けたでしょう。
よそから来た妻でも、他所の男との間に産んだ子でも承継していくのが普通でしたから、実は女系どころの話ではなく、これを通り越していたことも分かるでしょう。
江戸時代の農家では、夫が死ぬと先ず妻が相続し、その妻が再婚するとその夫が相続するなど、まるで現に耕作しているかどうかだけが規準だったのです。
零細農民の家では、観念的なことを言ってると、農地が荒れてしまうだけだからです。
また相続のコラムで書きましたが、零細農民や小作人には相続すべき家産が、まったく有りませんでしたから、庶民には相続の観念が必要でなかったことから、儒教道徳が浸透しなかった理由でもあるし、性風俗が自由気ままであった理由でも有ったのです。
高貴な家柄の例では、源氏物語でも出てきますが、源氏の君との間にできた子を藤壺が産むのですが、(これを天皇在位期間との関係で見れば、村上天皇がこれに当たるようです。)この場合、文書にする以上は不貞の相手は天皇家の子孫としての設定されているので、まだ良いようなものの、実際には、臣下との関係がいくらもあったでしょう。
しかも源氏物語では、朱雀帝が皇統を継いだ設定になっていますが、史実としては、朱雀帝の方の皇統が途絶えていて、村上帝の皇統が現在に至っているのです。
源氏物語は、今では文学作品でありますが、そのころの、性風俗を超越して書かれたものでは有り得ませんので、当時の一般的な状況を表しているのです。
史上有名な所では、秦の始皇帝自身が、呂不偉の子であると言うのは、どこの物語にでも出てくる話です。
「どこの馬の骨論」に話を戻しますと、それなりの大学教授が講演したり、本を書いたりしているのですから、必ずしも低レベルではないのかもしれませんが、(私の能力での理解では、)こんな低次元な発想で、千年の大計を論じているのですから、嘆かわしいものです。
勿論、私が、「千年の大計」と言う意味は、天皇制を「千代に八千代」に続かせたいと言う私の古式ゆかしい思想による議論ですが、反対論者は、自分ないしその関係者が就任できれば先行きはどうなっても良いと思っているのかもしれません。
この「どこの馬の骨論」は、突き詰めると
「男女どちらが、王位を継承していくにふさわしいか」
と言う古典的なジェンダー論の焼き直しというよりも、焼きそこない議論と言えるでしょう。
そこで、男女の血統の違いをどう見るかに、正面から議論が始ります。
そこで出て来たのが「Y染色体」の遺伝は、男系だけであるからと言う科学的な?議論です。
科学に弱いので、私を含めて大方の人は?と思いながらもこの辺はちょっとの間沈黙です。
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